今回はポーランドに初めて行って真っ先に訪れたショパン博物館(Muzeum Fryderyka Chopina: ムゼウム・フルィデルィカ・ショペナ)のお話です。
なんとも素敵な建物。
目次
ショパンって名前は知ってるけどポーランド人だったの?
知り合いから言われた言葉ランキング第一位。
ショパンはフランス人の父親とポーランド人の母親を持ち、ワルシャワから少し離れたŻelazowa Wola(ジェラゾヴァ・ヴォラ)で生まれました。物心つく前にワルシャワに引っ越し、ポーランドを離れる20歳頃までこのワルシャワに住んでいました。
ショパンは39歳で亡くなっているので前半がポーランド、後半がフランスといえばわかりやすいかもしれません。
一般にはFrédéric François Chopin(フレデリック・フランソワ・ショパン)として知られますがこれはフランス名です。
ポーランド語ではFryderyk Franciszek Chopin(フルィデルィク・フランチシェク・ショペン)です。Chopinというのは元々フランス語の姓であるため、ポーランド語ではそのままChopinと綴って発音のみSzopen(ショペン)で代用します。
ショパンが長く住んでいたワルシャワにはショパンゆかりの場所がいくつもあり、ファンにとってはとても魅力的です。
ワルシャワに行きたがる子供
私は5歳くらいの頃からずっとショパンの音楽を好んで聴いていました。小学校5, 6年くらいの時には両親が買い与えてくれたお気に入りの世界地図帳を広げ、ワルシャワの市街図を眺めながら「ワルシャワにはショパンの博物館があるよ!いつか行けるかなー?」と言っていました。
それから色々あって結局ポーランドに来てしまったのですが、どんな目的で来たにしろまずは古い夢から叶えるべし。2日目から