ポーランドの人気ロックバンドBudka Sufleraのプログレッシブロック的アルバム“Cień Wielkiej Góry”(1975)のレビューです。
目次
Budka Suflera
Budka Suflera(ブトカ・スフレラ)は1974年にポーランドのルブリンで結成されたロックバンドです。2014年まで活動していました。
バンド名の意味は「プロンプト・デスク」で、私もこれが何を指すのかわからなかったのですが、Wikipediaで調べたところ舞台芸術においてそういう場所が存在するということがわかりました。
ポーランド国内での知名度ですが、かなり広く知られているはずで、特に“Jolka, Jolka, pamiętasz”という曲はポーランドのオールタイムベスト的な位置づけとなっています。
権利関係が不明なのでリンクは貼れませんが、この曲のYouTubeでの再生回数はなんとポーランド共和国の人口に迫る3778万回。(この記事を書いている時点での数字です。)
Budka Suflera自体を聴いていなくてもポーランドに生まれ育った人なら絶対耳にしたことがある、そんな楽曲なのだろうと思っています。
私はポーランドでCD屋さんを見つけると必ず中をチェックしているのですが、残念なことにBudka SufleraのCDは他のポーランドの大御所バンドほど簡単に見つかりません。一枚も置いていないということはほとんどないのですが、ディスコグラフィのほんの一部しかないことが一番多いです。
オリジナルアルバムは15枚発表しています。
1975 Cień wielkiej góry
1976 Przechodniem byłem między wami
1979 Na brzegu światła
1980 Ona przyszła prosto z chmur
1982 Za ostatni grosz
1984 Czas czekania, czas olśnienia
1986 Giganci tańczą
1988 Ratujmy co się da
1993 Noc
1995 Cisza
1997 Nic nie boli, tak jak życie
2000 Bal wszystkich świętych
2002 Mokre oczy
2004 Jest
2009 Zawsze czegoś brak
Cień wielkiej góry
この作品はBudka Sufleraの1stアルバムであり、共産主義政権下のポーランドで1975年に発表されました。
これはキャリアの中でもっともプログレッシブな要素の詰まったアルバムでもあります。B面は1曲だけで、組曲形式の19分の大曲が占めています。その他にもA面に含まれる”Jest Taki Samotny Dom”はポーランドで有名な楽曲です。
日本の音楽リスナーがこの”Jest Taki Samotny Dom”を聴いたことがあるとすれば、ポーランドで90年代に名盤を残したプログレバンドQuidamの2ndアルバム”Angels’ Dreams(ポーランド語題: Sny Aniołów)”のボーナストラックとして、そしてライブ盤”Baja Prog – Live in Mexico ’99″にも収録されたカバーバージョンでしょう。
その時のタイトルは”There is such a lonesome house”となっています。Budka Sufleraを知らなくてもピンとくる方がいるかもしれません。
なおこのアルバムはCDも取り扱うポーランドの大手書店チェーンempikにおいてポーランド・アルバム100選というコレクションに選ばれており、ポーランドのポップミュージックの歴史の中でも重要な一名であることが窺えます。
私がこのバンドを知ったのは、ポーランドで仲良くしているポーランド人の友達のお父さんの好きなバンドがこのBudka Sufleraだったからです。
友達はこのバンド自体にはあまり詳しくなくむしろ自分の好きな音楽を聴いているものの、私には以前からBudka SufleraのYouTubeのリンクを送ってくれたり、CDも売っている本屋さんに一緒に行ったときに見せてくれたり、そこの家に泊まった時に夜一緒に聴いたりしていました。
最初はまあまあの印象しかなかったのですが、先ほど言及したこのバンドによる国民的名曲“Jolka, Jolka, pamiętasz”にハマり、その時から他の色々な曲が気になり始めついに自発的に聴き始めるまでに至りました。
なおこの曲を歌っているFelicjan Andrzejczak(フェリツィヤン・アンジュジェイチャク)はバンドに在籍した期間がほんのわずかで、なんと彼のボーカルで録音されたフルアルバムは一枚もありません。
実はBudka Sufleraのボーカル歴が最も長いオリジナルメンバーのKrzysztof Cugowski(クシシュトフ・ツゴフスキ)がバンドを脱退してから戻ってくるまでに約5年の空白があり、その間にFelicjanを含め3人のボーカリストが短期間ずつ在籍していたことになります。なおKrzysztof Cugowskiの2人の息子によるバンドBraciaもポーランドでは有名です。
このBudka Sufleraが好きなお父さんはポーランド語の山岳方言を話し、自分の手で山に別荘を建ててしまうくらいの人です。
この人は自分の車で好きな曲のプレイリストをCDにして流しているのですが、Budka Sufleraの他にはDżemやPerfectといった昔から活動しているポーランドのロックバンドの曲、さらに日本人でも知っているKing Crimsonの”Epitaph”も入っていました。
現在私が所有しているアルバムはこの”Cień wielkiej góry”、そして”Za ostatni grosz”, “Jest”の3枚です。
それでは作品の中身を紹介していきます。
トラックリスト
1. Cień wielkiej góry – 6:36 ★
2. Lubię ten stary obraz – 7:32
3. Samotny nocą – 2:58
4. Jest taki samotny dom – 5:24 ★
5. Szalony koń – 19:23 ★
各曲レビュー
Cień wielkiej góry (チェィン・ヴィェルキェイ・グルィ)
アルバム発売から24年経って1999年に行われたライブの映像です。
1曲目はタイトル曲です。「大きな山の影」。時代を感じさせるオルガンによる壮大な音で幕を開けます。
録音が悪いのかクリアには聞こえませんが、女性コーラス隊がこのオルガンに乗せて歌っているのがわかります。コーラス隊はAlibabki(アリバプキ)という名前で、自分たちの作品も出しているようです。
いつのものかはわかりませんが、YouTubeで聴いた別音源ではコーラス隊の声が綺麗に聞こえていました。調律も今の音楽とは少し違い、敏感な方は違和感を覚えるかもしれません。
作品の年代を考慮するとかなり重厚なサウンドで、テンポもかなりゆったりしているのでデビューアルバムの1曲目ながら堂々とした雰囲気があります。しかし洗練されているというわけではなく、隠し切れない田舎臭さがあることは否定できません。
音楽的には70年代イギリスのシンフォニック系のプログレッシブロックらしき要素を大いに感じるのですが、それでいて何かが決定的に違うのです。そこがこのアルバムの存在意義の一つであり無二の魅力と言えます。
音作りだけでなく全体的なメロディセンスも良く、ありふれた旋律ではないのに耳にすっと入っていくような魔力があります。それだけでなく、ポーランドという国の色なのかバンドの個性なのかわかりませんがこういうメロディは他では決して生まれないような気さえするのです。
ボーカルはKrzysztof Cugowski(クシシュトフ・ツゴフスキ)。角ばった顔にサングラスが特徴的なボーカリストで、声は力強くも少し枯れ気味です。高音域を多用しているのですが高音になるとむやみやたらに張り上げるような歌い方をするのが良くも悪くも彼の個性だと思います。
ギターはAndrzej Ziółkowski(アンジュジェイ・ジュウコフスキ)。歪んでいる割には乾いた響きを持つ音色とブルース風の演奏スタイルが彼の特色をいえるでしょう。歌のあるパートにも遠慮なく自分のメロディを被せています。
ベースはRomuald Lipko(ロムアルト・リプコ)。彼はこの時点ではベースを担当していたのですが、早い段階でキーボードに転向しそれからはバンドの活動終了までキーボードを演奏し続けました。
ドラムはTomasz Zeliszewski(トマシュ・ゼリシェフスキ)。彼はオリジナルメンバーではありませんがこの1stアルバムの時期から最後まで在籍していたメンバーで、作詞を担当したりプロデューサーの仕事をしたりした人物です。このアルバムではパワフルなドラム演奏が聴けます。
Lubię ten stary obraz (ルビェ・テン・スタルィ・オブラス)
「この古い絵を気に入っている」。1曲目も少し長めでしたがさらに長い曲です。この曲は各2分くらいの4つのパートに大まかに分けることができると思います。
まずは壮大な印象はなく室内で演奏される様子が思い浮かぶような落ち着いた雰囲気で始まります。暖かくて控えめなアコースティックギターの伴奏がそういう感覚を与えてくれているのでしょう。
それを半分しっかり聴きながら、半分無視しながら歌っているような調子の外れかけた高音域のボーカルが注意を引きます。叫んでいるようにも聞こえなくはないののですが力は抜けていて、言葉数も少なく不思議な感じがしました。
演奏が一旦止まりドラムのフィルインからまたしてもあのヘヴィなギターが飛び込んできて、ここからは場面が変わります。4拍子と5拍子が交互に現れる、または5拍子という変則的なリズムでこのパートが演奏されるところにもプログレ的な趣を感じました。
ここでは幾分かメロディアスさは抑えられていますが、ギターとボーカルがかなりアグレッシブに演奏されていてオルガンも聴けるので十分に耳を刺激してくれます。少しダークなテイストも入っているのがさらに面白いところです。
この部分では合間合間をドラムが高速連打で縫っていくのも注目すべき点なのですが、そのドラムから急にリズムを崩して流れをぶった切った高速フレーズの連続(ユニゾンもあり)に突入するところにはかなり驚かされます。完璧に決まってはいないもののまるでテクニカル系のプログレバンドの作品を聴いているような錯覚に一瞬陥るのです。
これを皮切りに始まるスリリングなインストパートでは、ノリの良いリズム隊の演奏に乗せてAndrzej Ziółkowskiのギターと恐らくゲストのCzesław Niemen(チェスワフ・ニェメン)のモーグの音であろうソロを聴くことができます。
ここまで楽器による演奏を集中的に聞かせるバンドは有名バンドには珍しく、これはBudka Sufleraがこの時点ではまだ大衆的な人気を得ておらず色々な実験をしていたことの証明とも言えるかもしれません。
最後のパートではいくらか落ち着きを取り戻し、ギターによる単純ながらも印象的なリフを中心にミドルテンポで歌入りの演奏が聴けます。ここでも全体の音が薄くなるとドラムがすかさず気合の入った演奏を入れてくるところが面白いです。
これといった終わりらしき展開もなくギターのリフが鳴ったままフェードアウトで消えていくところは少し妙ですが、どのパートにも聴きどころのある曲でした。
Samotny nocą (サモトヌィ・ノツォン)
「夜、一人で」。アルバムで唯一短い曲です。
2曲目のアクティブな部分を受け継ぐような雰囲気で、ギター・ベース・ドラムだけでも演奏はしっかりしているのですが、それに加えてキーボードが駆け回っています。かなり高速で主張が激しいのでこれはNiemenのモーグかなと推測していますが、あまり詳しくないので自信がありません。
この曲では1曲目・4曲目の主役になっているようなオルガンの音が使われていないのでシンフォニックな印象はありません。鍵盤以外のパートを聴くとサウンド・構成どちらの面でも比較的シンプルな曲だなと感じるのですが、聴きどころはもちろん鍵盤です。ただ一つ、ここまで派手に弾くならもう少し音量を上げてもいいのにとも思いました。
Jest taki samotny dom (イェスト・タキ・スタルィ・ドム)
同じライブからの映像です。
「こんな人里離れた家がある」。アルバム中一番有名な曲はこれでしょう。“Jolka, Jolka, pamiętasz”の再生回数は3757万回でしたが、この曲も1714万回という数字を誇っています。
風の音とオルガンの演奏で静かに始まるところが曲名のイメージとマッチしています。記事の前半でも紹介した通り”There is such a lonesome house”と英語タイトルでカバーされており、これは直訳なので何を意味するのかもわかっていただけると思います。
曲のタイプは1曲目の”Cień wielkiej góry”と似ていると言えます。ゆったりとしたテンポで、力強く雄大な楽曲です。
一番インパクトがあるのはずっしりと重い迫力のギターリフではないでしょうか。後年の音源ではオルガンの音をギターと同じくらい強調したアレンジがなされており、私はそちらの方が好みです。オルガンの音が70年代的なために後に出たバージョンの方が古く響くかもしれません。
もちろんオルガンの分量が少なくても破壊力は十分で、一度聴いたら忘れられないフレーズとはまさにこういうものを指すのでしょう。音色が特別なだけでなく、シンコペーションと重量感の相乗効果が特筆すべき魅力を生み出しています。
Krzysztofのボーカルからもいつも以上に気合が感じられ、彼の歌唱のパワフルさがうまい具合に活きています。なお2014年、つまりBudka Sufleraの最後の年のライブ映像も観ましたが、60歳に迫ってもこの曲のボーカルは衰えていませんでした。
後半では急に演奏が静まり1曲目に登場したAlibabkiによるコーラスが再び始まるのですが、このメロディがとても民謡的に響いていて、この部分が第二のメインパートとして機能しています。これが形を変えながら最後まで繰り返されていくのですが、途中からKrzysztofも他のメンバーも加わり大迫力です。
とても古い曲ではありますが、これだけポーランドで人気があるのも頷ける名曲であり、耳に届きさえすれば日本のリスナーにもアピールすることは間違いありません。この記事を通じて誰かが新しくこの曲に出会ってくれれば良いなと思っています。
Szalony koń (シャロヌィ・コィン)
「狂った馬」。なんと19分にも及ぶ大曲です。
後のBudka Sufleraを聴いてファンになった人にとっては、昔このバンドがこんな曲をアルバムに収録したと知ったら驚くことでしょう。ただし19分途切れることなく音楽が続くのかというとそうではなく、いくつかの独立したパートを集めた組曲のような構成で名目上は1トラック・1タイトルにまとめられています。
Niemenが演奏していると思われるモーグの印象的な序奏に続いてギターとオルガンによる大仰なイントロが流れます。このフレーズはとてもシンプルなのですが、半音階による効果をうまく使っているため一発で耳に残ることでしょう。私もお気に入りの部分です。
ボーカルが入ると雰囲気はほとんどいつも通りですが、この曲はいつになく演奏が堂々としていてこの雰囲気に惹かれました。なおこの序盤では7拍子もふんだんに使われていてやはりプログレ的な要素を感じずにはいられません。
2番目のパートにはノンストップで入りますがここからは動きが出てきて、ヘヴィかつ拍子感覚を失わせるような不思議な演奏に続いてNiemenのモーグが大活躍します。
このアルバムで聴けるインスト部分の中では最大の聴きどころの一つといえるはずです。かなり自由度の高い演奏で、シンフォニックロック的な表情を見せていた曲と比べるとまるで違うバンドのようです。
その後も楽器による演奏を強調した展開が続きますが、全体がアグレッシブながらもリズムが少し不安定なのが味となっていて、このあたりから溢れる70年代感は普段あまりこの年代の音楽を聴かない私にも十分響きました。
一度演奏が止まり(便宜上の)2曲目がドラムの連打とボーカルのロングトーンによる演奏で始まります。ここでもロックとして普通ではない雰囲気が感じられました。
ドラムが軽い音を中心に叩きギターの不思議なエフェクトが鳴り響く部分も独創性に溢れています。ちらっと登場する後半部のテーマは特別驚くようなこともないようなものなのですが、恐らく再びAlibabkiと思われるコーラスがKrzysztofの声をサポートしている上にあまりにもメロディアスさという要素を無視しているために知らない間に気になってしまうはずです。
この若いバンドがわざとこういう効果を狙ってこのように作ったとしたらただごとではなくなりますが、果たしてどうなのでしょうか。メタルとも共通点が見られるような歯切れのよいギターの刻みにNiemenのモーグが重なるインスト部も登場し、充実度はかなり高いのですがすぐに終わってしまうのがとても残念だと感じました。
3曲目。拍子感を無視したKrzysztofの歌が演歌のように聞こえてきたかと思うとすかさずAlibabkiの綺麗なコーラスが呼応し、さらに鈍く重いインストが切り込んでくるというのがセットで一つの型になっているようです。私はこのオリジナリティあふれる構造がとても気に入っていて、もはや天才的だとさえ思っています。
テーマも聴けるのですが、Alibabkiの高音とKrzysztofの力強い声、ヘヴィなギターとベースが重なる部分はシンフォニックな味付けをほとんどしていないにも関わらずかなり強力で驚かされました。ほぼ力技のようでもありますが…
ギター中心のインストパートが続いた後フェードアウトによってまた一旦音が途切れ、4曲目へ。脈絡を考えるとどうして?と思ってしまうこともなくはないですが、最後の曲はブルース風味の強い落ち着いたパートです。
ここは2分ほどの長さしかなくすぐ終わってしまうのですが、ここまでの長丁場でかき乱されたリスナーの気持ちを静めてくれるような優しい演奏が繰り広げられ安心してアルバムを聴き終えることができます。ここで聴けるギターは今までの尖ってズッシリとしたものとは打って変わって甘い音色になっており、Krzysztofの歌声もいささか柔らかい響きになっています。
最後だけ無理やり丸く収めたかのような印象も否定できませんが、聴きどころ満載の19分だったので私は満足しました。収録時間を見るとアルバムのほぼ半分はこの”Szalony koń”とも言えますが、他の4曲もかなり充実していたことを思い出しもう一度アルバムを最初から再生したくなる気持ちは多くのリスナーが経験したことでしょう。
まとめ
ポーランドには私の好きなアーティストがたくさんいますが、そのポーランドで有名だからといって私の好みに合うとは限らないのは当たり前のことで、そういった理由で今まであまり注意を向けていなかったものの一つが実はこのBudka Sufleraです。
活動歴の長いバンドでもちろん時期によっては合わないなと感じるものもありそれは仕方がないのですが、少なくともこの1stアルバムは手に取らなかったらかなり損をしたことだろうと思っています。
有名バンドBudka Sufleraがスタイルを確立する前に発表した第一作でありながら様々な魅力に満ちていて、バンドの代表曲も生んだ本作”Cień wielkiej góry”はまさしくポーランドロック史に残る名盤と呼ぶに値するでしょう。
今でこそ西欧の仲間入りをほぼ果たしているポーランドですが、1989年に民主化が実現するまで情勢が荒れていたこの国で、これほど素晴らしいアルバムがこの時代に生まれていたということを知っておいて損はないでしょう。