Skylė: “Saulės kelionė” アルバムレビュー

Aistė Smilgevičiūtė ir Skylėの前身となるリトアニアのフォークロックバンドSkylėのアルバム“Saulės kelionė”(1996)のレビューです。

Skylė時代の音楽

1991年、同年にソ連から独立したリトアニアでギター・ボーカルのRokas Radzevičius(ローカス・ラヅァーヴィチュス)を中心に結成されたSkylė(スキレー)は、1993年の第一作“Žydinčių moterų džiaugsmas”から数えて1996年までの4年間で7枚ものアルバムを発表しました。

このペースは驚異的です。しかも、当時のリトアニアはカセット時代なので80分超えのアルバムもあります。

女性ボーカリストAistė Smilgevičiūtė(アイステ・スミルゲヴィチューテ)を加えた現在形のAistė Smilgevičiūtė ir SKYLĖの整った音楽性からは想像できませんが、Skylėの音楽はとても粗削りで男臭く、Aistė Smilgevičiūtė ir SKYLĖと同じ感覚で聴くのは不可能です。

しかし作曲しているのは今も昔もリーダーのRokas Radzevičiusであり、同じ人間から出てきた音楽が共通点を全く持たないとは思えません。

絶対的な視点から見てもSkylėの音楽には面白いところがたくさんあるので、私はAistė Smilgevičiūtė ir SKYLĖをメインで聴きながらこちらにも少しずつ世界を広げていっているところです。

Saulės kelionė

アルバムタイトルは「サウレス・カリョーネ」と読みます。「太陽の旅」ということですが、太陽は擬人化されています。

この作品はミュージックドラマという位置づけになっていて、この時期のSkylėを支えたVega Vaičiūnaitė(ヴェガ・ヴェイチューナイテ)が監修しています。アルバムは1996年発売です。

Vega VaičiūnaitėはMiraklis(ミラークリス)という劇場を立ち上げ、初期のSkylėに劇場形式でのパフォーマンススタイルを提案したというバンドの歴史上重要な人物です。

彼女は2004年に42歳の若さでこの世を去ってしまいましたが、その追悼となる楽曲“60”がAistė Smilgevičiūtė ir SKYLĖ名義でのアルバム“Povandeninės kronikos”に収録されています。

話をSaulės kelionėに戻しますが、主な登場人物はSaulė(太陽)とDangus(空)です。8曲目の”Skorpionas”から始まる後半では曲のタイトルと同じ名前の登場人物、つまりSkorpionas(蠍)、Šaulys(射手)、Ožiaragis(山羊)、Vandenis(水瓶)、Žuvys(魚)が登場します。これらは全て星座名ですね。Saulė以外の役は全てRokasが担当しています。

実はこのアルバム、「オープニング」を表す“Įžanga”と「エンディング」を表す“Pabaiga”を最初と最後に据え、その間に牡羊座から順に12の星座を登場させているんです。

輝くことが嫌になったSaulėは空から消えてしまい、12の星座のもとを旅します。これが”Saulės kelionė”のストーリー。

1つで4トラックあったり2つで1トラックになったりと例外はありますが、12の星座名は全て曲名に含まれています。このテーマはVegaが考案したようです。なお、このアルバムは曲間なしで66分間ノンストップです。

ちなみにSaulė役に起用されている女性歌手の名前はSaulė Laurinaitytė(サウレ・ロウリナイティーテ)です。リトアニア人の女性名としてSaulėは実在するのです。

他にもAušra(曙)、男性名ならGintaras(琥珀)など、一般名詞と共通する素敵な名前がリトアニアにはいくつもあります。Saulė Laurinaitytėは1966年生まれらしく、そうなると1972年生まれのRokasよりも年上なんですね。

Skylėの作品の中では癖がそれほど強くないため比較的聴きやすく、男声・女声両方のボーカルも楽しめるアルバムです。オリジナルのフォーマットはカセットですが、2014年にCDで再発されているので私はCDを入手して聴きました。詳しい内容を紹介していきます。

トラックリスト

1. Įžanga – 5:20
2. Avinas – 2:24
3. Jautis – 3:21
4. Dvyniai – 2:28
5. Vėžys – 3:48
6. Liūtas – 2:50
7. Mergelė. Svarstyklės – 4:31
8. Skorpionas 1 – 4:05
9. Skorpionas 2 (Pilkasis driežas) – 2:38
10. Skorpionas 3 (Erelis) – 2:39
11. Skorpionas 4 (Balandis) – 2:39
12. Šaulys – 4:14
13. Ožiaragis – 5:27
14. Vandenis – 3:50
15. Žuvys – 5:47
16. Pabaiga – 10:19

各曲レビュー

Įžanga

オープニング。いきなりロックとはかけ離れた音と合唱による出だしに驚きますが、今回は聴き心地のソフトなミドルテンポの序曲です。故意かどうかわかりませんが、いまいちはっきりしない音響も手伝ってかなり実体のない音楽に聞こえます。

1曲目からSaulė LaurinaitytėとRokas両方の声が聴けます。Rokasはいつも通りか、Skylėにしては大人しいかなという印象です。そして今回注目のSaulėですが、声質が澄んでいて高く、どこか格調を感じます

Aistė Smilgevičiūtėともそんなに遠くないタイプだと思いました。「リトアニア声」というものがあるとするなら私はこれに近いものを思い浮かべます。

Avinas

牡羊座。今度はディストーションのかかったエレキギターのリフで始まるアップテンポの曲です。

このアルバムの特徴でもありますが、音はかなり軽いです。Mantvydas Kodis(マンドヴィダス・コーディス)のキーボードもかなり活躍していました。

ボーカルはSaulėで、歌詞もありますが半分以上がスキャットです。ここでは彼女の歌唱力が活きていて、それに注目して聴くとかなり楽しめます。

Jautis

牡牛座。急にテンポが落ちSaulėの幽霊のような高音ボーカルが美しくも不気味に響きます。今にもかすれて消えてしまいそうな声です。

Kęstutis Drazdauskas(カストゥティス・ドラズドウスカス)のフルートが荒れ狂うインスト部分にも注目です。

Dvyniai

双子座。これはSkylėの後の活動でも傑作として残っていく楽曲です。

シンプルな構成ながらも讃歌のようなこの上なく美しいメロディが聴き手を癒してくれるというのが、この曲が生き残った一番の理由でしょう。

2009年に発売されたベストアルバム”Sapnų Trofėjai”では、この曲が独立した楽曲に聞こえるようにアレンジが施されAistė Smilgevičiūtėのボーカルで再録されています。

聴きたいけれど”Saulės kelionė”の入手が難しすぎる・面倒くさすぎる!という場合はベストアルバムで”Dvyniai”だけ聴くのもありだと思います。単一楽曲としては再録バージョンの方が完成度も高いです。

Vėžys

蟹座。この曲をどう言い表せばいいのか正直わかりません。ずっと同じ調子の演奏に乗せて二人分のSaulėとRokasが同時ながらも別々に、呪文を唱えるように歌うのですが、入口も出口もないような曲です。「催眠的」という言葉が一番適切な気がします。

Liūtas

獅子座。5曲目の”Vėžys”は難解ですが、こちらはとてもわかりやすいです。行進曲風のリズムを基本に、ブラスバンド系の演奏とシンプルで明るいSaulėの歌で爽快に聞かせてくれます。しかし曲の主導役はどちらかというと歌よりも金管楽器で、こちらがキャッチーな主題を奏でています。

Mergelė. Svarstyklės

乙女座/天秤座。シンセとピアノによる哀愁漂う演奏が聴けます。基本的に音数が少ないのでなおさら寂しさが伝わってくる気がします。

Saulė(前半はRokasも歌いますが)は表現の幅が広いようでここでは曲の雰囲気にぴったり合わせた声質で歌っていました。後半でSaulėのメインボーカルと自身のスキャットによるコーラス、そしてアコースティックギターが重なる場面は聴き応え十分です。

Skorpionas 1

蠍座。ここから4トラックは組曲ですが、この星座に4トラック分割いているのはSaulėにとって蠍が最大の敵となるからです。全4パートを合わせると約12分になります。

かなりエフェクトを使って音をデジタル風にしたエレキギターが鋭くリズムを刻みますが、やはり全体的な音が軽いので少し浮いているというか、見方を変えれば個性的というか、兎にも角にもこれでこそ”Skorpionas”だという感じでいつも聴いています。

Rokasの早口ボーカルとそれに呼応して叫ぶコーラスはSkylėの十八番で、ここでようやく純度の高いSkylė的なRokasが聴けました。

この部分と対照をなすのがヴァイオリンによる主題とSaulėの力強いボーカルの部分です。これが”Skorpionas”を組曲として音楽的に繋ぐ役割を果たしています。このパートはとても魅力的で、全体としてもかっこいい楽曲に仕上がっています。

Skorpionas 2 (Pilkasis driežas)

第二部「灰色のトカゲ」。高い音を使ったパーカッションのリズムがメインになる曲なのですが、Rokasのドスの効いた怪しげなセリフも聴けます。さすが劇場派アーティストですね。

最後では第一部と同じギターとヴァイオリンの主題、Saulėの歌が繰り返されるので組曲としての統一感もバッチリです。

Skorpionas 3 (Erelis)

第三部「鷲」。”Skorpionas”組曲の中で唯一Dangusが登場する曲です。

男性メンバーによるちょっぴり田舎臭いコーラスが目立ちます。第一部・第二部ほどのリズムのせわしなさはありませんが、印象的なフレーズがあるわけでもありません。

第三部特有の3連符を使ったリズムを残しながら曲の最後でまたもSaulė側のパートが戻ってきます。しかし今度は少し印象が違います。というのも、Saulėの歌メロの作りは基本的に一緒なのですが第一部・第二部では短音階だったのが第三部では長音階になっているからです。

Skorpionas 4 (Balandis)

第四部「鳩」。第四部は第三部までと同じパターンか、はたまたかっこよく組曲を締めてくるのかと予想してしまいますが、なんと固定されたリズムすらない気体のような音楽が終始続きます。まるで実験音楽のようでした。

Šaulys

射手座。Rokasのみのボーカルによる普段のSkylėに近い曲です。

パーカッションの音が愉快で、他のSkylėからのメンバーもしっかりと見せ場を作っていました。

このSaulės kelionėではアルバムコンセプトを第一に音楽性を構築していっている印象を受けますが、この曲ではいつもの素朴なSkylėが楽しめます。

Ožiaragis

山羊座。この曲も前曲と同じくあまり重くないです。RokasとSaulėのボーカルの分担にもあまり偏りがなく、バランスのとれた曲だと思います。しかりあまり変化がないため印象は薄くなってしまうかもしれません。

Vandenis

水瓶座。空中か水中を漂うような神秘的な雰囲気の中でRokasの語りかけるような心地よい低音と美しいSaulėのスキャットとが楽しめます。アコースティックギターの演奏と鍵盤で出していると思われるベルのような音も素敵です。

Žuvys

魚座。ポジティブな傾向のある曲が3つ続きましたが、エンディングを目前にして怪しげな曲が置かれています。

妙に響くドラムに乗せて不穏な声のハーモニーが曲を形作っていますが、特にSaulėが参加するサビのようなパートではRokasの呪文のような低音、くぐもった男声コーラス、Saulėの生気のない声が合わさってやや恐怖すら感じました。

そして最後には全ての音がだんだんと互いに調和を失っていき、ついに崩壊するという不気味な楽曲です。

Pabaiga

エンディング。10分超とかなりの長さがあります。

前のトラックの”Žuvys”が完全に崩れるとその後ろから平和なアコースティックギターのアルペジオが流れてきて、どういう状況なのかはわかりませんが少しホッとするはずです。

Saulėの声は少し頼りなくも平穏を取り戻し、空へ舞い上がるようなフレーズを歌い上げていました。

SkylėにはAistė Smilgevičiūtėという不動の歌姫がいますが、Saulė Laurinaitytėの歌もまたどこかで聞いてみたいと思うような活躍をこのアルバムで見せてくれました。

今調べてみたところ彼女は1997年に”Netikėtai paprastai”というタイトルでソロアルバムを出しているようです。私のリトアニアでの現地捜索音源リストがまた一つ増えました。

少し聴いているうちにオープニングである“Įžanga”のテーマが戻ってきていることに気付くと思います。合唱もここで再登場。まさにオープニングとエンディングにふさわしい2曲でした。

この曲の主要部分は基本的に”Įžanga”で登場したものの再現となりますが、アルバムの最初よりもテンポを落としどっしりと構えて演奏されているため、ここでようやく約一時間前に聴いていた色々なフレーズがスッと頭に入ってくると思います。

10分という長さはこの幸福な余韻を思う存分味わうために与えられた時間であり、私はいつも長いと思うどころかこのまま今日眠るまでエンディングを聞かせてほしいという気持ちになります。

まとめ

コンセプトなどの説明も絡めながら紹介してきたこの”Saulės kelionė”ですが、デジタルでの販売は私の知る限り行われておらず、バンドの公式サイトから購入するかDiscogsなどを利用して手に入れるかの二択だと思います。収録曲に公式動画がないため実際に試聴していただくことすらできませんでした。

Discogsの出品を見たところ、リトアニアの首都ヴィリニュスに店舗を構えバルト地方の音楽(その他工芸品)を扱うRagainėというショップが出品という形で出店販売しているようなので、こういうサイトに慣れている方はここを経由するのが一番手っ取り早いでしょう。

最後に。自分の聴いている音楽について誰かに「なにそれ?」という顔をされても、同じものを聴いている人が一定数いるんだということを根拠に私はこれまで知らない音楽を求め続けてきました。しかし気付いたらこんなものを紹介するようになっていました。自信を持って言いますが、”Saulės kelionė”のレビューは日本初です。

そんな状況に置かれて、実は今とても心もとないです。かといって一般的知識をつけようと名盤を漁っていたらそれで人生が終わってしまいます。それでなくても常に狙っているものがたくさんありすぎて追いついていない状態なので。

記事を読んで手に取ってくれる人がいるいないにかかわらず、今まで日本で語られることのなかった音楽の情報は積極的に発信していきたいなと思う次第です。

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