Pendragon: “Men Who Climb Mountains” アルバムレビュー

イギリスのプログレッシブロックバンドPendragonのアルバム“Men Who Climb Mountains”(2014)のアルバムレビューです。これは2017年に書いた記事です。

Pendragon初来日!バンドの歴史

Pendragon(ペンドラゴン)はイギリスのロックバンドで、結成されたのが78年、1stフルアルバムのリリースが1985年です。

これまで10枚のスタジオアルバムを発表していますが、今まで来日歴はゼロです。

ここまでのスタジオアルバムの一覧です。

1985 The Jewel
1988 Kowtow
1991 The World
1993 The Window of Life
1996 The Masquerade Overture
2001 Not of This World
2005 Believe
2008 Pure
2011 Passion
2014 Men Who Climb Mountains

リリース間隔は基本的に3年くらいでしょうか。私は2ndアルバムだけまだ持っていませんが他は全部聴きました。

この2017年、10月27日にようやく初来日が決まったPendragonのライブタイトルは”The Masquerade Tour”です。つまり1996年発売の5thアルバム”The Masquerade Overture”(仮面舞踏への序曲)を中心したセットリストが予想されましたがどうだったのでしょうか。

来日記念として記事を書くなら”The Masquerade Overture”のレビューが適切かもしれませんが、このライブに参加される方の9割くらいはこのアルバムを聴いたことがあると踏んでいます。

そこで、今回は現時点でPendragonのスタジオアルバムとして最新の2014年作10thアルバム”Men Who Climb Mountains”をレビューしてみます。

アルバム概要

人気のファンタジー路線からの方向転換を行った7thアルバム”Believe”の反応を見てか国内盤の発売が途切れてしまった後、2作挟んで国内盤が復活したアルバムです。

なお、”Believe”, “Pure”, “Passion”の3作は来日記念盤として今日8月25日一斉に国内盤で再発されました。おめでとうございます。

7th以降の3作からあまり大きな変化は見られず、この路線はまだ続けるつもりのようです。私は第一印象こそあまり良くなかったものの元々ペンドラゴンが好きなので聴き込んで、今は好きなアルバムになっています。

私が購入したのは国内盤で、発売前に予約注文をしたのですが当時在庫不足による遅延が発生していた記憶があります。ディスク2にはギター・ボーカルのNick Barrett(ニック・バレット)による少しアットホームな弾き語りライブの録音が収められていますが、こちらは今回取り扱いません。

トラックリスト

1. Belle Âme – 3:05
2. Beautiful Soul – 8:03
3. Come Home Jack – 10:50
4. In Bardo – 4:52
5. Faces of Light – 5:49 ★★
6. Faces of Darkness – 6:25
7. For When the Zombies Come – 7:33
8. Explorers of the Infinite – 11:09
9. Netherworld – 5:46

各曲レビュー

Belle Âme

3分ありますが独立した楽曲ではなく、2曲目のリードトラック”Beautiful Soul”に繋ぐ導入曲です。

Beautiful Soulをフランス語で言うとBelle Âme(ベル・アーム)なのでそのままです。

ほとんどエレキギターのアルペジオだけの演奏に乗せてNick Barrettがいつものハスキーボイスで聴き手に疑問を投げかけますが、私は少しいつもと違う雰囲気を感じました。

最後の歌メロが”Beautiful Soul”と共通していて、この後これが展開されることになります。

Beautiful Soul

アルバム発売前に最初に公開された曲で、このアルバムの中心であるのは言うまでもありません。

静かで印象的な”Belle Âme”が中途半端に終わると一転、いきなりNickのエレキギターがアウフタクトで飛び込んできて、ヘヴィな変拍子イントロが始まります。

ダーク期のペンドラゴンに特徴的なNickのドスの効いた歌い方はここでも威力を発揮しています。これが気に入らないという意見もありますが、Nickの声質を考えるとむしろこちらが自然だと思うのですがいかがでしょうか。

“Belle Âme”と同じテーマを使ったサビでは女声コーラスやNick自身の録音によるコーラスを入れたりと、最近の曲の中では比較的派手に聞こえる部分もあります。

最後まで激しい演奏が続き、曲自体が8分あるのでアルバムの前半からかなりの破壊力を感じました。この後は基本的にここまで荒れないのですが、このアルバムを初めて聴くときは少し驚くかもしれません。

ペンドラゴンはドラムが弱点というのが昔から言われていたようですが、今回のアルバムでのドラマーはプログレ界ならFrost*で有名なドラムマスター(演奏以外でも活躍しているのでこう呼ばせてください)のCraig Blundell(クレイグ・ブランデル)なので、このアルバムでは心配無用です。

残念ながらCraigはすでにバンドを去ってしまいました。現在のドラマーはJan-Vincent Velazcoで、この人のドラムで来日予定です。

Come Home Jack

11分に迫る大作です。しかし壮大というよりあくまで静かで、怪しさを重視した曲。このアルバムのサウンドの一つの指針が表れているように思います。

ダーク期ペンドラゴンお得意のオクターブボーカル(Nickがあまり高くない主旋律を歌い、自分で1オクターブ上の音を被せます)が大活躍するこの曲は、果たして今までペンドラゴンがこういう曲を作ったことがあっただろうかと言わせるような個性的な作品に仕上がっています。

それは曲の始まりからすでに明らかで、拍にとらわれない不協和音からなるギターのアルペジオに乗せてNickが枯れたように不穏な旋律を歌い始めます。私はこの不思議な空気がしっかり感じられるようになるともうこの曲の世界に囚われてしまいました。もっとも第一印象は微妙だったのですが。

ほとんどの音が呪いのような雰囲気を纏っていますが、中でもこの曲の主役はやはり不協和音アルペジオで、後半になると12弦ギターまで使ってこれを聴かされるのでかなり感覚がやられると思います。

最初はよくわからない/つまらない曲だと思った方もある程度聴き続けたら中毒になっている可能性は十分あります。

In Bardo

なんとNickが弾くキーボードソロを含んだ曲。Craig Blundellのドラムソロも聴けます。

“Come Home Jack”を引きずるような12弦ギターの不協和音アルペジオで始まりますが、私はこれを聴いてポーランドのバンドAbraxasのメンバーŁukasz Święchの演奏を強く思い浮かべました。この系統のギターはŁukaszとこのバンドのボーカルが2人で結成したAssal & Zennの同名アルバム“Assal & Zenn”(2004年)で聴けます。

後半は二人のソロに入り、ここを面白いと思うなら良いのですがアルバムとして見たときに流れが途切れてしまうのが惜しいかなと思いました。

Faces of Light

ライブ映像です。

このアルバムでは3曲にマークをつけましたが、特に気に入っているのがこれです。内容が充実していながら6分弱とコンパクトにまとまっており、変化もある楽曲なので優れていると思いました。

また、ダーク路線になってから分量が劇的に減った泣きのギターをアルバム中で一番多く味わえるのもこの”Faces of Light”です。

タイトルを見るに6曲目の”Faces of Darkness”と対になるように作られているはずですが、個人的には”Faces of Darkness”の良さがあまりわからなかったのでそこはあまり意識せずにいつも聴いています。

“Faces of Darkness”はもちろん光の見えない曲ですが、この曲がそれと正反対であるというのは少し違います。

lightという言葉を使いながらも安易に光を見せてくれるわけではないのがポイントで、実はこれ、私がダーク期(今までも何度かこのキーワードを使いましたが7thアルバム以降のこと)のペンドラゴンを高く評価している理由にも関わってきます。

確かにファンタジー期(3rd~6th)のペンドラゴンはキラキラしていてその上泣けるような音を演奏しているため聴き心地が良いのですが、プラスのものが無限に出てくるというのは現実的ではありません。

マイナスの要素があって、それを味わいながらも越えていって得られるプラスが本当のプラス、というのが実際に私たちが生きる世界ではないか、と思うのです。

ペンドラゴンはついにそれを表現し始めました。だからこそ今までは「ファンタジー」と言われたのかもしれませんね。

このアルバムが発売されたとき個人的にあまり楽な状況ではありませんでしたが、この曲に助けられた思い出があります。

Faces of Darkness

アルバム中最もダークなものの一つ。サウンドも時々暴力的です。

硬質な曲の中にもピアノがリードするパートや柔らかめのギターの音などを混ぜるなどして一辺倒にしないところは普段こういう音に頼らないペンドラゴンが作るからこそでしょう。

しかしサビらしきところで入る叫ぶようなコーラスは少しやりすぎかなと思いました。

音の面でも”Beautiful Soul”との共通点が見られますが、中盤で現れる5拍子のギターリフはそのまま”Beautiful Soul”から引用しているので意識した上でのものと思われます。

For When the Zombies Come

いきなり低音のギターによる不穏なフレーズが重く響くオープニングはzombiesというタイトル通りの印象です。

こんな始まり方でどうするのかなと不安になりますが、これも不協和音気味のギターのアルペジオを軸にしたメランコリックな楽曲です。

Nickのハモりはここでは低音方向に加えられていて、これはこれで怪しいです。サウンドは激しくなく柔らかめなのですがとにかく暗いのが特徴的で、頻繁に聞こえるエレキギターのスライドも頽廃的な雰囲気を助長していました。

タイプは多少違えど”Come Home Jack”と方向性は似ているのかもしれません。これもなかなかの長尺でこれ以上続くと完全に気が滅入ってしまうので、7分半というのはちょうど良いと思いました。

最後にはギターソロが聴けますがNickお馴染みの泣きのギターソロとは異質です。

Explorers of the Infinite

このアルバムで一番長く、ドラマティックではないものの静かな名曲です。

冒頭からNickとベースのPeter Gee(ピーター・ジー)がアコースティックギター2本で息の合った演奏を聞かせてくれます。Peterはライブでも時々アコースティックギターを演奏する場面があり、”The World”収録の”The Voyager”などはその例だったと思います。

ファンタジー期には絶対に見られなかった完全に冷めたような、一歩引いた位置から世界を見つめるような楽曲が実は最も味のあるペンドラゴンなのではないかなと思うこともあります。この曲からそれが少なからず伝わるはずです。

やはりNickの低音ボーカルは魅力的ですし、この曲でメロディを奏でる楽器は原則アコースティックギターのアルペジオだけなのですがこれとNickとの相性がとても良いです。

安定したPeterのベースと制御のきいたCraigのドラム、そしてキーボードのClive Nolan(クライヴ・ノーラン)の統一感のある音使いに支えられ曲全体が決して落ち着きを失わないというのもこの曲の成功の要因であると思いました。

最後に歌われる人名の羅列はエベレスト登山で命を落とした人達の名前でできているらしく、登山者(=高みを目指す者)というアルバムのモチーフをしっかり反映しながら曲順的にも重要な位置を支える新たな傑作でした。

Netherworld

ゆっくりとした3拍子に乗って流れる哀愁の一曲。死後の世界を意味するタイトルは前曲の”Explorers of the Infinite”の主人公が行き着いた先を表しているのでしょうか。

男女混ざったコーラスが重なる部分もありますが、雰囲気は演歌にかなり近いと思います。

ペンドラゴンのアルバムのラストでほぼ必ず見られる素直な泣きがここには存在しません。しかし、情感溢れるギターソロがアルバムを締めてくれるのはいつも通りです。

まとめ

私はPendragonがダーク期に入ってから日本ではあまり新規ファンが増えていないのではないかなと推測しています。

そもそも国内盤が出ておらず、同じく来日を控えたMarillionなどと一緒にネオプログレというカテゴリで語られる時もファンタジー期しか取り上げられない印象があるからです。

1970年代が全盛と言われるプログレというジャンルに魅せられる方が若い世代にも一定数いて、最近は新鋭から良いバンドが数えきれないほど出現しているので第2の全盛期として大規模な流れが来れば良いなというのが一つの願いです。

ただ、私が見てきた限りむしろ若い世代の方が70年代を好んで聴く傾向にありますし、デジタルミュージックという新しい音楽の主流フォーマットも根本的にプログレとの相性がいまいちなようでこれからどうなっていくかはやはり予想ができません。

ペンドラゴンはプログレ全盛より後の世代とはいえミュージシャンとして見ればかなりの高齢です。

ファンタジー期が終わってから新規ファンがあまり増えていないということに関してですが、今回の来日でThe Masquerade Overtureやその周辺のファンタジー期からの作品だけを演奏するとは思えませんし、参加する方々がこのアルバムで聴けるような新しいタイプの曲に対してどんな反応を見せるかも予想がつきません。

残念ながら私はもうすぐ日本を離れるため、ずっと待っていてやっと実現したペンドラゴンの来日公演を見届けることはできません。しかしこのバンドに思い入れの強いファンの一人として、体力的に演奏が可能であるうちは精力的に作りたい音楽を作れる状態をペンドラゴンが保てるように応援していきたいです。

このアルバムに初めて触れてからそろそろ3年になるということで、もう3年か、と感慨に浸りながら改めて作品と向き合ってみると色々思うところがあります。

全体を振り返ってみても今までのように真っ直ぐには来ないんだなと感じさせるアルバムでしたが、私は少し枯れたペンドラゴンも好きです。ベタな泣きが欲しくなったらその時は昔のアルバムを聴きますし、ペンドラゴンが今後どんな変化を見せてくれるのかという点に期待していきたいと思います。

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