Abraxas: “Centurie” アルバムレビュー

ポーランドのプログレッシブロックバンドAbraxasの神秘的な2ndアルバム“Centurie”(1998)のレビューです。

Abraxasのアルバム”Centurie”

※Abraxasのバイオグラフィはアーティスト紹介にまとめています。

1987年に結成され1996年に1stアルバム”Abraxas”(レビューはこちら)でデビューしたAbraxasは、1998年に「ノストラダムスの大予言」で有名なノストラダムス(Michel de Nostredame: ミシェル・ド・ノートルダム)をコンセプトにした“Centurie”を発表しました。

1stアルバムからのメンバーの変化はありませんが、作曲体制に変化が起こりました。これまでは作曲者がバラバラでしたが、このアルバムではギターのSzymon Brzeziński(シモン・ブジェジンスキ)が一人でほぼ全曲を作曲しています。

Szymonの作曲・アレンジ能力は非常に高く、Abraxasが解散した現在では映画・テレビ向けの作曲家として活動しています。

アルバムタイトルのCenturieは普通のポーランド語にはない単語で、ノストラダムスが書いた「ミシェル・ド・ノストラダムス師の予言集(Les Prophéties de M. Michel Nostradamus)」の核となる「百詩篇集(Les Centuries)」からきています。

なお、このアルバムには英語盤も存在し、タイトルは“Prophecies”となっています。曲名はそのままです。これは演奏を変えずにボーカルだけ英語で録音し直した音源で、さらにボーナストラックとしてKing Crimsonの“The Court of the Krimcon King”のカバーが収録されています。

私はポーランド語盤の”Centurie”を手に入れた後長らく英語盤の”Prophecies”を探していましたが、元々プレス数が少なかったためプレミアがついておりネットオークションで1万5000円くらいが相場だったので買えずにいました。

しかしある日、日本のプログレ専門インターネットショップを見ているとこの盤が中古・1000円程度で売られていたので、即購入しました。

なお、この記事はポーランド語盤のレビュー+ボーナストラックのレビューです。

トラックリスト

  1. Spiritus Flat Ubi Vult – 3:30
  2. Michel de Nostredame – Mistrz z Salon – 6:51 ★★
  3. Velvet – 4:10
  4. Excalibur – 7:48
  5. Kuźnia – 1:52
  6. Czakramy – 10:29
  7. Pokuszenie – 12:04 ★★
  8. Nantalomba – 4:24
  9. The Court of the Crimson King – 5:52 (英語盤ボーナストラック)

各曲レビュー

各曲について書く前に、アルバムのブックレットに書かれている文章を紹介しましょう。

Statki płyną na bitwę, nie nocą. Czas chciwego błędu.

Wewnątrz mnie, gdy przeszłość, teraźniejszość i przyszłość spełnią się na oczach świata, a słońce wypali swoją istotę, dotknę sensu człowieczeństwa źrenicą swego oka, może tylko po to by doznać odkupienia.

船が戦いに向け進んでいく、夜を通らずに。貪欲な過ちの時。

僕の中で、過去・現在・未来が世界の眼前で現実になり、太陽が自身を燃やし尽くしてしまう時、僕は自分の目の瞳孔で人間性の意味に触れる。それはもしかしたら償いというものを味わうためだけなのかもしれない。

– Abraxas

これがアルバムのコンセプトと密接に関わっていそうです。

Spiritus Flat Ubi Vult

タイトルはラテン語で「魂は自らの望むところから現れる」という意味のようです。

短めの楽曲ですが、これを聴いただけで前作とは方向性が違うことがわかります。無駄が削ぎ落とされているという意味でサウンドはより洗練されています。

鳩時計の針の音と鳩の鳴き声から始まります。歌詞を読む限りこれは深夜0時を告げる合図です。真夜中という時間設定で、奇妙な光景が描かれます。これは生命の存在に関する神秘を暗示する詞です。

細かい空気感の演出も上達していて、これはSzymonの功績かもしれません。Adam Łassaのボーカルは十分個性的ですが、前作よりはおとなしい歌い方をしているように思います。

“Duch dąży tam dokąd chce.

Poza czasem trwa.”

魂は自らの望むところを目指す 時を超えて存在し続ける

– Adam Łassa, “Spiritus Flat Ubi Vult”

Michel de Nostredame – Mistrz z Salon

※動画は1998年のフランスでのライブのものです。

アルバムコンセプトがそのまま反映された、ノストラダムスについての曲。

キーボードとアコースティックギターによるイントロで始まり、メランコリックなボーカルパートではAdamが柔らかく歌います。

ボーカルパート同士の間に挿入されるフレーズは荘厳で、テーマのオカルト的要素をそのまま表現したかのようです。

注目すべきはSzymonが弾くアコースティックギターで、この音が楽曲を美しいものにしています。

後半はメタルっぽいサウンドで疾走しますが、ここも良い感じに盛り上がっていてかっこいいです。Adamのハイトーンボーカルが聴ける数少ない機会でもあります。

“W ciszy swej, gdzieś na wieży pośród ksiąg, ubrany w mądrość gwiazd, odkrył los.

Cokolwiek zdarzy się, tym wierniej spełni czas.

Był okiem Boga, pytaniem, które trwa po kres, centurie i ja po kres.”

沈黙の中、塔のどこかで書物に囲まれ、星々の知恵に身を包み、彼は運命を明らかにした

何が起こるにしても、時はますます忠実にそれを履行する

彼は神の目であり、永久に続く問いだった 百詩篇集と僕、永久に

– Adam Łassa, “Michel de Nostredame – Mistrz z Salon”

Velvet

切なく美しいバラード。Abraxasは静と動をはっきり使い分けるバンドですが、ここでは静の部分が楽しめます。

非常に丁寧な演奏で文句のつけようがありません。特にサビの雰囲気作りが上手いなと思いました。メランコリックな傑作です。

“To nie był tylko sen.

Pamiętam każdy dzień.”

あれはただの夢ではなかった 毎日のことを覚えている

 – Adam Łassa, “Velvet”

Excalibur

アーサー王伝説をテーマにした楽曲で、歌詞も直接的に伝説に言及しています。エクスカリバーは聖剣の名前です。

序盤はテーマ通り英国的で端正な響きを持っており、ピアノの演奏も上品です。

サビは長調で、英雄的であると同時に平和的です。Abraxasがここまでストレートにポジティブな響きを使うことは珍しいのですが、安っぽさはないので成功しているといえます。

後半は一転、嵐のような破壊的な演奏が聴けます。

“Pieśń trwa, Uther i syn. Tam gdzie bogini jeziora,

Z głębin dna tchnęła w nich moc, by walczyć za kraj, za tron.”

歌は続く、ユーサーとその息子 湖の女神のいる場所で

国のため、王位のために戦うための力が底の深みから溢れていた

 – Adam Łassa, “Excalibur”

Kuźnia

実験的な短い曲です。

リズム隊が中心に据えられています。ギターとベースとのユニゾンで演奏されるきめ細かいリフ、不協和音を生むシンセ、聴き手を混乱させる突然の短い変拍子パート、エフェクトを駆使した狂ったようなボーカルなど、新しい要素をこの2分足らずの中に詰め込んでいます。

タイトルは「鍛冶場」という意味です。

A cały świat znów nie rozumie, Co wewnątrz mnie tkwi. Jak potrafię żyć, jak potrafię żyć.

Zmieniam swą skórę, codziennie przed snem. Gatunek nie minie, bo mamy w sobie dzikość serc.

だが世界はやはりわかってくれない 僕の中に何が宿っているのか、なぜ僕が生きていられるのか

毎日寝る前に皮膚を取り替えている 種自体は変わらない、僕たちは野生の心を持っているから

 – Adam Łassa “Kuźnia”

Czakramy

10分ある神秘的なバラードです。タイトルは「チャクラ」。

不思議な響きを持ったSzymonのギターアルペジオイントロは、もしかするとこの楽曲で最も印象的な部分かもしれません。私はどうやったらこんな天才的なフレーズを思いつくのだろうと思いコピーを試みました。そこでわかったのは、このイントロがCM9→GM9→BbM9→FM9というコード進行でできているということです。

例えば、CM9というコードはC(ド)・E(ミ)・G(ソ)・B(シ)・D(レ)の5音で構成されています。Cが音の高さを、そしてM9が和音構成を表しています。この響きが浮遊感を出しているのですが、この響きを変えずに音の高さだけをずらしていくのがこのイントロです。複雑な響きなので弾くのが難しいんだろうなと想像していたのですが、ずっと同じ手の形を保ちそれを移動させるだけで弾けるんですね。

これが分散和音で7→7→6→7という変拍子に合わせて演奏されるので、非常にユニークなフレーズが出来上がっています。

歌が入るパートはメロディアスで、暗闇の中に響き渡るような音世界が繰り広げられます。コードの使い方はおしゃれですし、キーボードが神秘的な世界を支えているので存分にこの曲の世界に浸ることができます。

Excaliburと同じように後半では曲調が変わります。ヘヴィかつ攻撃的な演奏で、特にRafałのベースが存在感を放っています。しかし主役はMarcin Błaszczykで、長いキーボードソロを聴かせてくれます。この不協和音的なソロはまるで狂気に憑りつかれたようです。

この曲はSzymonとMarcin Błaszczykの共作です。

“A gdy sen zaprowadzi nas do anielskich bram, może tam czeka mnie, nietykalny stan u podnóża bram.

Kiedy tam dotknie mnie strumień świętych słów, ukojenie dusz. Może tam czeka mnie.”

そして夢が僕たちを天使の門まで連れて行く時 その門の足元で不可侵の状態が僕を待っているかもしれない

そこで神聖な言葉の流れが、魂の安らぎが僕に触れる時 そこで僕を待っているかもしれない

 – Adam Łassa, “Czakramy”

Pokuszenie

※動画は1998年フランスでのライブです。

間違いなくAbraxasの最高傑作です。演奏時間もAbraxasの全楽曲の中で一番長いですが、その12分という長さを感じさせない完璧な構成で作られた壮大なラブソングです。タイトルは「誘惑」という意味を持っています。

この曲の最大の聴きどころは、Szymonが曲の終わり近くで2分半にわたって奏でる絶品のギターソロです。しかしそれまでの流れがあるからこそソロが感動的になるのであって、12分間全てが大事であることは言うまでもありません。

ドラムのMarcin Mak(マルチン・マク)が鳴らす3つの不穏な金属音がこの曲の合図。Abraxasがまだ活動していてライブを行っていた頃は、この音が鳴った瞬間に会場の空気が一変したはずです。

この曲の素晴らしさを十分に伝えることはどんな言葉を使っても不可能ですが、自暴自棄、空虚な懐古、縋るような願望、死を見るような絶望、記憶による苦痛、自己喪失、依存、盲目的崇拝 ― 愛に溺れついにそれを失った人間が経験する様々な感情が、美しく情感溢れる歌と演奏の上で時にはグロテスクかつ異端的に、しかし常に文学的に交差する様は、12分間自分の周りの世界を忘れさせてくれます。

Czakramyとともにライブアルバム”Live in Memoriam”でこの曲のライブ音源を聴くことができますが、ここまで演奏困難な曲をスタジオ音源と甲乙つけがたい出来で仕上げた集中力には驚かされます。

私はどちらの音源もよく聴きますが、本当に何度聴き比べてもどちらが良いかと言われたら答えることができません。スタジオ音源はより耽美的、ライブ音源はより扇情的です。

Pokuszenieは私が今まで出会った中で最も素晴らしいと思う曲の一つなので、もっと知られてほしいです。

“Rzucam do Twych stóp moje życie, które jest herezją, opętaniem, i kościołem duszy mej.

Za dotyk Twoich ust sprzedam każdy dzień. I umrzeć na Twym brzuchu tylko chcę.

Teraz już wiem, nadejdzie świt, a aksamit Twego ciała umknie mi.

Pozwól mi być istnieniem swym.”

異端、強迫、そして魂の教会である僕の人生を君の足元に投げ出す

毎日を売り飛ばしてでも君の唇に触れたい、そして君の腹の上で死ぬことだけを望む

今はもうわかっている、夜明けが来て、君のベルベットのような身体が逃げてしまうことを

自分という存在でいさせてくれ

– Adam Łassa, “Pokuszenie”

Nantalomba

暗くて長いトンネルのようなPokuszenieを抜けてたどり着くのは、勇壮でオプティミスティックな終曲です。

Nantalombaは脚をもがれた蜘蛛の呼び名から名前がつけられたアフリカ西部の舞踊を指します。

たった二行の歌詞はそのナンタロンバの掛け声を引用していますが、歌はおまけ程度になっています。

唯一Szymonが作曲していない楽曲で、この曲を書いたのはベースのRafał Ratajczak(ラファウ・ラタイチャク)です。

The Court of the Crimson King

ボーナストラックです。プログレファンならほとんどの人が知っているであろう大御所King Crimsonの1stアルバム”In the Court of the Crimson King”の終曲のカバーです。

このカバーは原曲よりもテンポが速く、音もヘヴィです。演奏は非常に良いのですが、個人的にはAdamがもう少し頑張って歌ってくれたらなと思いました。

まとめ

“Centurie”は1stアルバムに比べて聴きやすくなりました。しかし個性がなくなったという意味ではなく、聴かせ方が上手になったということです。

アルバムという単位で作品を見たときに、Centurieは統一感があるという点で優れています。少し静かなパートが多すぎるかもしれませんが、寛容なリスナーであればこの作品の魅力に気付いてくれるはずです。

また、なんといっても名曲”Pokuszenie”が収録されているので、Abraxasに魅力を感じたら必ず聴くべきアルバムです。

「Abraxas: “Centurie” アルバムレビュー」への2件のフィードバック

  1. ようやくここに辿り着いた(^^;;

    drは残念でしたね、、、R.I.P.

    さて、、
    久々(といってももうだいぶ前になりますが)に聴きかえしたら、思ったほどvoにはクセを感じず。
    正確には、1曲目の出だしはやっぱり独特だなとは思いましたが、以降はそれほどでもなく、表情豊かだな、くらい。
    ま、僕の経験値が上がっただけかもしれませんが(^^;;

    それはさておき、全体的に朴訥とした、美しく、でも閉鎖的で冷たいメロディが支配的な、いかにも東欧な音だなーと、改めて思いました。
    これは多分に自分の勝手な東欧のイメージのせいだとは思ってはいますが、北欧の冷たさとは違う、翳りの強い、ちょっと絶望感も感じさせる暗さというか。
    この暗さは僕にとってはブランドイメージな上に、捨て曲のない、統一感ある構成が素晴らしく、やっぱりいいアルバムだなぁと改めて思いました。
    ま、これが気に入ったからこそしっかりとバンドを記憶できてた訳ですがw
    この統一感は、コンセプトとコンポーザーによるものだったんですねー。納得しました。

    余談ですが、久々にこのアルバムを聴いた時、↓を聴きたくなりました。
    https://m.youtube.com/watch?v=mwtvoeEqMl0
    多分、ご存知かと思いますが、同じGenesisの子たちだったんだなぁと、初めて気付きました(^^;;

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