Closterkeller: “Aurum” アルバムレビュー

ポーランドのゴシックロック/メタルバンドClosterkellerの傑作アルバム“Aurum”(2009)のレビューです。

Closterkellerのアルバム”Aurum”

日本のリスナーでClosterkellerを知っている方はごくわずかだと思うので、紹介しておこうと思います。

Closterkeller(クロステルケッレル)は、ポーランドのワルシャワで1988年に結成されたゴシックロックバンドです。

大衆レベルには及ばないもののある程度人気があり、特にボーカルのAnja Orthodox(アニャ・オルトドクス)は数々のアーティストとのコラボにより色々な場所で活躍している人です。

本ブログでおすすめとして紹介しているポーランドのプログレバンドAbraxasのメンバーと共にSvannというバンドを結成したこともあります。

発表されたオリジナルアルバムはこれまで10枚で、この”Aurum”は2009年に発表された8作目にあたります。色の名前をアルバムタイトルにするバンドのしきたりに倣って今回は「金」です。基本的に音が重いバンドで味が濃いのですが、収録時間はなんと驚きの76分です。

トラックリスト

1. Ogród Półcieni – 5:58
2. Złoty – 6:26 ★★
3. Nocarz – 6:05
4. Vendetta – 4:59
5. Na Nic To – 6:49
6. 12 Dni – 4:09
7. Déja Vu – 4:58
8. Nie Tylko Gra – 5:01
9. Między Piekłem A Niebem – 7:01 ★★
10. I Skończona Bajka – 5:25 ★★
11. Matka – 7:06
12. Dwie Połowy – 7:33
13. Królewna Z Czekolady – 5:02

各曲レビュー

Ogród Półcieni (オルグト・プウチェニ)

東方的音階を軸に据えた楽曲です。一曲目からこうくるとは驚きです。

ミドルテンポながらもリズムは細かく、メロディは繰り返しが中心なため覚えやすい曲といえるかもしれません。私が初めてこのアルバムを聴いた時もこの曲の第一印象はかなり良かったです。個人的にはインスト部で聴けるゆったりとしたギターソロのような部分が好きです。

Anja Orthodoxの歌はヴァース部分では裏声が中心となっており、Closterkeller独特の「幽霊系ボーカル」が聴けます。とはいっても怖いわけではありません。

曲全体の雰囲気も明るくはないものの鬱々とした感じはなく、ある程度聴きやすい部類に入るはずです。

ミュージックビデオを紹介しますが、実際にアルバムで聴ける楽曲は収録時間が6分ほどあるためこれより2分ほど長いことになります。ミュージックビデオが撮られているということはバンドがこの曲を自信作とみなしているのでしょう。

Złoty (ズウォティ)

「金」を表すタイトルを冠したこの曲は、本アルバムの実質的な表題曲です。中身は薄暗いバラードです。私はあまりに美しいギターの音色にノックアウトされました。恐らくこの曲は仮に歌がなかったとしても十分成立するでしょう。もちろん歌も素晴らしいのですが。

なんと歌詞のあるボーカルパートは一種類しかなく、ヴァースとコーラスの対応関係がどこかにあると仮定するならコーラスはギターが担っていることになります。

実際にそこにあるギターのフレーズがこの曲で一番印象的な部分であり、Anjaの歌がリードする楽曲が多い中でこの”Złoty”は珍しい作品となっています。

歌詞のない部分で聴けるAnjaによるスキャットは、暗い森の中に響く獣の哀しげな鳴き声のようです。それだけでなく曲全体のあらゆる表現が哀愁に満ちており、この曲を聴けば闇の中で悲しみに暮れるような雰囲気に思う存分浸ることができます。

後半で聴けるギターソロはコーラスと仮定した部分ほどの破壊力を持たないものの、十分に感情を掻き立てる力を持っています。それが曲の終わりまでずっと聞こえているので、最後の瞬間までリスナーをこの曲の世界に引き留めてくれ、フェードアウトの後には深い余韻が残ります。

この曲は個人的に大好きで、このアルバム一枚を通して聴かない時でも頻繁に再生しています。

Nocarz (ノツァシュ)

Magdalena Kozakという作家による同名の小説からのインスピレーションによって歌詞が書かれた作品です。

この曲のミュージックビデオも公式で投稿されていますが、殺人などグロテスクなシーンが大量に含まれており敏感な私には観るのがつらかったのでこの記事では紹介していません。

Closterkellerの楽曲にありがちな重く大仰な雰囲気をまとっており、Anjaのボーカルも怨念路線です。この手の曲はメランコリックさにおいては他楽曲に劣るため私の好みとは少し違いますが、ゴシックロックとしての風格のある曲なのでこのジャンルを普段から聴いているリスナーであれば馴染みやすいかと思います。

歌詞をじっくり読んで小説も読めばもっと理解が深まるのはもちろんのことですが、そこまでする余裕はなかったので単純に独立した一つの楽曲として紹介しました。

Vendetta (ヴァンデッタ)

非常に単純なギターリフがかえって印象に残ります。このリフは力強いのですが、ボーカルが入った瞬間に音がデリケートになるのが面白いです。

そのボーカルはいつになくシアトリカルな表情を帯びており、メロディがはっきりしないのに表現が強く伝わってきます。サビらしき部分にもはっきりした旋律はなく、主役であるもののつかみどころのない歌とギター両者の絡み合いが特徴と言える曲です。

後半になると、ボーカルは前半と同じ調子ですがギターのフレーズがメロディアスになり少し驚かされます。明るくも暗くもない不思議な雰囲気が終始続く楽曲ですが、アルバムの中の1曲として面白いことをやってるなと思わせてくれます。

Na Nic To (ナ・ニツ・ト)

前のトラックから一転、静かでメランコリックな曲で7分近くの長さがあります。2曲目の”Złoty”が好きなら気に入る確率が高いはずです。

その”Złoty”を思わせる密度低め湿度高めのギターが1分半に及ぶ長いイントロをリードし、続いて入ってくるボーカルにすら”Złoty”を思い起こさせるような響きが感じられました。

しかしこの曲には歌によるサビがあり、ここで鳴らされる低音の重いギターが憂鬱さを増幅させています。私はテンポが遅い・湿っている・悲しげ・旋律が美しい・ギターが重いなどの要素のコンビネーションにとても弱いので、すぐにこの曲を好きになってしまいました。

これも”Złoty”と共通していますが、ボーカルが常に低めの音域で歌っているのもとても良いなと思いました。Anjaの声質は元々暗めなので、こういうタイプの曲では低い声が映えます。

続くギターソロ的な間奏も哀愁に満ちていますし、この曲では最初から最後まで極上のメランコリーを体験することができます。無駄に盛り上がらないのもプラスかなと思いました。お気に入りです。

12 Dni (ドヴァナシチェ・ドニ)

これもメランコリック路線のように思えますが、至る所にミステリアス要素がちりばめられています。この曲の旋律やリズムはかなり独特です。

4拍子×3小節でひとまとまりとなるサビ部分での中途半端さも相俟ってどこに曲の重心があるのかつかみにくくなっていますが、元々そういう意図があるのでしょう。タイトルが「12日」なので12拍にしているのでしょうか。

サビの後には急にドラムが消えAnjaのコーラスが響き渡るパートが配置されているのですが、2回目ではなんとそのまま曲が終わってしまうのでリスナー側はかなり困惑させられます。なかなか理解が難しい曲だなと思いました。

Déja Vu (デジャ・ヴィ)

Anjaの震え声高音ボーカルが聴ける曲です。私は最新アルバムの”Viridian”を聴いてからこのアルバムの聴き込みを始めたので、そのアルバムに収録されている”Pokój tylko mój”という曲を思い出しました。

ただこの曲は聴きやすい雰囲気で全体に適度なメランコリーを含んでいるので、Closterkellerに慣れていないリスナーにはこちらの方がいいかなと感じました。

イントロは少し電子音楽的な響きを持っていて、その後も重すぎず軽すぎずの演奏が心地よいです。もちろんClosterkellerの平均と比べるとかなり音が軽いなと思わされます。

全体的に、震え声ボーカルの印象が強すぎるのに対してベースとなる楽器演奏とメロディそのものはとても美しいところが面白いなと思いました。そこまで陰気でもないので何回も繰り返し聴けそうな曲です。

Nie Tylko Gra (ニェ・ティルコ・グラ)

Anjaの声ではなさそうな印象的なメロディのコーラスで幕を開ける曲です。適度にノリが良いものの音がかなりメタル的で、さらにどこか悲壮感が漂っています。

特に突出した部分はなさそうですが全体的に聴きやすく、しかもサビは最初に流れたメロディを中心に構成されておりとても耳に残ります。

この曲の特徴は基本的にそのあたりです。特別好きとまではいかないものの、曲が明るくないのに聴いてて爽快なのでアルバム中のお気に入り曲の一つです。

Między Piekłem A Niebem (ミェンヅィ・ピェクウェム・ア・ニェベム)

このアルバムで一際ディープな曲。音使いはシンフォニックメタルのようで、低音に徹したディストーションギターと荘厳なシンセが響き渡り、合唱のようなコーラスもフィーチャーされています。

なんといってもAnjaの吠えるようなボーカルと暗いモノローグの対比が素晴らしいです。実はこの曲は“What Dreams May Come”(邦題は「奇跡の輝き」で、ポーランド語での題名はこの曲名に同じ)という映画にインスパイアされていてます。

この映画のあらすじは、二人の子供を交通事故で亡くした夫婦がいて、後に夫も交通事故で死んでしまい、この3人は天国へ昇りますが、悲しみに暮れた妻は自殺し地獄に行ってしまい、夫は妻を救うために動きだすというものです。

後半では急にメロディアスな旋律を歌い始め曲全体がメランコリック方面にシフトしていき、この展開に圧倒されます。終盤ではすでに曲の前半部の面影はなく、ひたすら哀愁が溢れ続けます。最後、曲が静かに消えていくところでのAnjaの繊細な感情を湛えたボーカルにも感動しました。

I Skończona Bajka (イ・スコンチョナ・バイカ)

序盤から憂鬱な雰囲気が前面に出ています。ピアノの音色も登場しますが、全体的に使われている音がとても美しいです。

最初はギターによるとてもシンプルなアルペジオと静かなボーカルのみで作られており、個人的にはこういう始まり方をする曲には期待を抱いてしまいます。

サビの構成は6曲目の”12 Dni”と同じように4拍子×3小節でひとまとまりとなっているのですが、この曲ではあまり違和感がなくひたすら曲の美しさ、悲しみに浸ることができます。曲によって、伝えたい感情によって同じ音楽的要素をここまで違う印象に仕上げるというのは素晴らしいですね。

終盤でやっとディストーションギターが目立ち始めますが、曲のクライマックスを演出する上で最高の役割を果たしており、ボーカルのテンションも上がりオブリガートとしてギターソロのような旋律が現れたりするのも上手いなと思いました。

極めつけにサビのリフレインの一番最後では一段とギターの音が重くなり、リスナーの感情をこの上なく揺さぶって終わります。

Matka (マトカ)

この曲も非常にメランコリックです。このアルバムにはこっち側の楽曲が多く個人的には嬉しい限りです。この曲は、戦争で息子を失った母の嘆きの曲です。

テンポが遅い上に音がデリケートで、やはりClosterkellerはゴシックメタルという一言で表現することを許さないバンドだなと思いました。私はそもそもこの音楽がメタルなのか時々わからなくなります。

英語版Wikipediaを見てみるとgothic rockとだけ書かれているので、もしかしたらメタルですらないという声が多いのかもしれません。

7分に及ぶこの曲は、暗いムードを演出するシンセとAnjaのモノローグで幕を開けます。ヴァース部分は静謐感に溢れており、素直に美しいと思える場所です。

しかしサビにあたる部分ではガラッと雰囲気が変わり、ディストーションを思い切りかけて重い一撃を次々と打ち込むギターに乗せてAnjaが悲しみに満ちたボーカルを聴かせてくれます。

Anjaの声質に関しては最初怖いなと思っていましたが、彼女は聴き手の感情を掻き立てるのが非常に上手いことに気付き、改めてポーランドの音楽界のあちこちで仕事をしているだけあるなと思わされました。個人的にはサビの最後の部分の表現が好きです。

2回目のモノローグを挟んで迎える曲の終盤では、低音部と高音部の2つのボーカルリフレインが繰り返されるなか重いサウンドによるエモーショナルな演奏が長い間繰り広げられます。やはりギターが良い役割を果たしているなと思いました。曲が終わりさえしなければいつまでも聴いていられそうです。

Dwie Połowy (ドヴィェ・ポウォヴィ)

このアルバムで一番長いのがこの曲です。楽曲のタイプは11曲目の”Matka”に近く、こういう曲が好きでなければ7分サイズで2曲続けられるのはつらいかもしれません。(そういえば9曲目からメランコリック路線が続いていました。)

しかし、好みにはまれば終盤にここまでの名曲が2つという美味しいアルバムだと思えることでしょう。

そもそも、元々Closterkellerをスピードのあるメタルのファンに薦めるつもりはありません。私は11曲目の”Matka”が大好きで、いくら同路線とはいえこの曲は”Matka”ほどでないなという印象を受けたのですが、それでも私の好みのスタイルなのでかなり好きな曲です。

この曲ではヴァースでのAnjaのボーカルにおける高音から低音までの自由自在な表現と感情移入、そしてやはりサビでのディストーションギターによる轟音にやられました。もちろんテンポはかなり遅いです。

一曲を通して電子音楽的な音が控えめながら取り入れられていて、それでいてそれらの音は装飾程度にとどまり曲自体の生々しさが失われていないところにも感心させられました。

Królewna Z Czekolady (クルレヴナ・ス・チェコラディ)

アルバムの最終トラックは、ここまでの流れに続くのではなくかなりエキゾチックな響きを持った曲になっています。もしかすると1曲目の”Ogród Półcieni”を受けてアルバムの最初と最後にこういう異国的な曲を置くという構成にしたのかもしれません。この2曲はよく似ています。

曲のテンポは速くないながらも先ほどまでのスローテンポではなくミドルテンポに設定されていて、いくらかポジティブな雰囲気も持っています。

このエキゾチックな響きの他には、不思議な音色で奏でられるかなりアクティブなギターフレーズとラジオ音源のようなAnjaの語りが印象的で、曲自体もそれで幕を閉じます。やはり全体的に1曲目の”Ogród Półcieni”とのリンクが感じられる曲でした。

まとめ

収録時間76分という非常に長いアルバムなので、聴き込むのもそれ相応に大変です。私は最新作”Viridian”とこの”Aurum”を同時期に買って”Viridian”を先に聴いたのですが、この”Aurum”も時間をとってしっかり聴いてみると”Viridian”と同じかそれを超えるほどの傑作であることに気付きとても嬉しかったです。

特に2曲目の”Złoty”が実は個人的にとても思い入れのある曲で、そういう意味でも大事なアルバムです。

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