Marillion: “Misplaced Childhood” アルバムレビュー

イギリスのプログレッシブロックバンドMarillionの代表的アルバム“Misplaced Childhood”(1985)のレビューです。私の音楽人生の転換点となったアルバムでもあります。

Marillionのアルバム”Misplaced Childhood”

Fish期Marillionの傑作

Marillion(マリリオン)イギリスのロックバンドです。1stアルバムScript for a Jester’s Tear(独り芝居の道化師)を1983年に発表すると当時衰退していたプログレッシブロックの再来としてファンに大歓迎され、新世代のバンドたちのための道を切り開く役割を果たしました。

今でもプログレバンドは新しく結成され続け、音楽業界の中では逆境での戦いを強いられながらもこのジャンルを地味に存続させてくれています。しかし、80年代にマリリオンが出てこなかったらこんなこともなかったかもしれません。

“Misplaced Childhood”はマリリオンの第3作で1985年に発表されており、日本でも「過ち色の記憶」という邦題で発売されました。

このアルバムはコンセプトアルバムとして制作されましたが、イギリスのチャートで1位を獲得したり、このアルバムからのシングルカット曲のうち2曲が全英チャートのトップ10入り(Kayleighが2位、Lavenderが5位)したりするなど、異例の商業的成功を収めています。

このアルバムの成功のおかげで翌1986年にマリリオンは初来日を果たしました。それ以降は1994年、7thアルバムBraveの発売後に来日しています。

3度目の来日はずっと実現しないままだったのですが、つい2017年10月に18作目となる最新アルバム”F.E.A.R.”を引っ提げた23年ぶりの日本公演が行われ、2018年にも来日しました。

二人のボーカリスト

この3rdアルバムを含む4枚目までのマリリオンのボーカルはFish(フィッシュ)という人です。マリリオンのファン以外にも知られているのは主にこのフィッシュの時代です。

フィッシュは1988年にバンドを脱退し、その後任はスティーヴ・ホガース(Steve Hogarth)という人が務めています。

ホガースが加入してからは70年代のプログレ(特に模範としていたのはGenesis)の後を追うことをやめて独自の音楽スタイルを確立しましたが、作品が売れなくなり財政的に苦しい状態が続いています。

私はマリリオンのファンなので売れたもの以外も聴いていますが、ホガースが歌うマリリオンの音楽も評価される価値があると思いますし、フィッシュ期に劣っていると思ったことは一度もありません。

それでもファンの中にはどちらのボーカリストが好きかという問題で行き過ぎた発言をする人もいます。

私は2018年5月にポーランドでFishのライブを観ることができたのをきっかけにFish期のマリリオンの魅力を再発見することができました。

このライブで”Misplaced Childhood”からの楽曲を一つも聴けなかったというのが唯一の心残りです。代わりに”Clutching at Straws”の楽曲は全て演奏してくれました。

Marillionとの出会い

私はプログレファンとしては若いので、マリリオンなど新しい世代と言われたバンドもリアルタイムで聴くことができていません。

ある程度の歳まではポーランド出身のクラシック作曲家ショパンの作品や日本のロックバンドなどを聴いていたので、プログレを聴き始めた16歳の時はすでにスウェーデンのMoon Safariが話題になっているくらいの時期だったはずです。

私がマリリオンを初めて聴いたのは17歳の時です。それまではプログレ五大バンドから入って70年代の勉強をしていました。

ディスクユニオン新宿プログレ館に初めて行ったとき、事前にインターネットでレビューサイトなどを見て何を買おうかと下調べをしていたときに偶然目に留まったため手に取ったのがこの”Misplaced Childhood”です。

(これまでプログレ館には4回くらい行きましたが、あそこまで行ってマリリオンの代表作を買うなんてことは今では絶対しないはずです。最近はあそこに行くと東欧系の掘り出し物を探してます。)

私は当時地方在住で(今の住所も地方ですが)旅行で東京に来ていただけだったので、帰ってドキドキしながらこのアルバムを流しました。

あの時は買える音源の量も限られていたため、買ったものは全て最初ブックレットを眺めながらおとなしく座って聴くというスタイルでした。本当は今でもそうするべきなのですが、前より忙しくなり音源も色々買えるようになったため毎回そうするわけにはいかないのが現状です。

実は80年代以降のプログレバンドの作品をまともに聴くのが初めてでした。しかし今までと違う雰囲気に圧倒されすぐに好きになったのを覚えています。それからは家族の車でずっとかけてもらい、家でも、出かけるときも、このアルバムを何度も何度も聴きました。

今でもこのアルバムを聴くとその時期の思い出がよみがえってきます。音楽には人間の記憶を保存する力があるとよく言われますが、私にとってはまさにそれを証明しているのがこのアルバムです。

このアルバムにそれだけ深くハマったためもっと80年代以降のバンドを聴いてみようという気持ちになり、それからPendragonをはじめとするイギリスのネオプログレ勢、さらにはヨーロッパ本土の人気新鋭バンド、例えばスウェーデンのMoon Safariなどを経由して完全に聴く傾向が新世代プログレ側にシフトしていきました。

プログレを聴き始めて2年も経たないうちにこういう出来事が起こったので、70年代の名作、特にユーロ系は聴ききれていません。それでもやはり好きなものはあり、GenesisやフランスのAngeなどはその代表例です。他はむしろ好きなアルバムだけを聴くことが多く、五大バンドについてもそういう聴き方になっています。

なお、マリリオンのFish時代の4枚のアルバムは最近ようやく揃えることができました。どれも傑作です。

前置きが長くなってしまいましたが、アルバムの解説にも気合が入ってしまいそうなので進んでいきます。

トラックリスト

1. Pseudo Silk Kimono – 2:14
2. Kayleigh – 4:03 ★★
3. Lavender – 2:25 ★★
4. Bitter Suite – 7:56 ★★
5. Heart of Lothian – 4:02
6. Waterhole (Expresso Bongo) – 2:13
7. Lords of the Backstage – 1:52
8. Blind Curve – 9:29 ★★
9. Childhood’s End? – 4:33
10. White Feather – 2:25

各曲レビュー

Pseudo Silk Kimono

アルバムの幕開けは少し寂しい雰囲気。このトラックは短めです。

アルバムのアートワークを見るとこの曲の雰囲気にぴったりな気がしませんか?少なくとも私には、ジャケットに描かれている西洋らしい装いの少年のイメージとこの曲の音色が一致するように思えます。

フィッシュの囁くようなボーカルは妙にトーンが高く、個性的な声質も相まって耳に馴染むのに最初は時間がかかると思います。この声を聴いてちょっと無理かもと思った方はアルバム自体を楽しめないかもしれないので、その場合は慣れるしかないでしょう。諦めるのも手ですが私はそれだと悲しいです。

日本ではあまり見られませんが、私はこの曲、特にキーボードの音を聴いたときに遊び道具が置かれた薄暗い西洋の子供部屋の光景を連想しました。不気味ではありますが個人的にホラーとは感じなかったので、夜寝る前でも構わずこのアルバムを聴いていました。

Kayleigh

1曲目からノンストップですがこの曲は単体としても成立するため前後を切ってシングルカットされ、結果的にかなり売れることになりました。

プログレを聴かない人がマリリオンを知っているとするなら、この曲をテレビ・ラジオなどでリアルタイムで聴いたという可能性が高いでしょう。

ちなみに、ポーランドのバーに行ったらカラオケにこの曲(マリリオンで唯一)が入っていたので歌ってみました。ヨーロッパでは特に有名な曲のようで、ショッピングセンターでも流れていたことがあります。

音作りには時代を感じますが、わかりやすい構成と優れたフレーズの連続のおかげで今聴いても十分楽しめる曲です。

私が特に好きなのはスティーヴ・ロザリー(Steve Rothery)のギターソロで、派手ではないもののマリリオンを代表するソロの一つだと思います。

このアルバムはギターが一つの鍵となっていて、アルバムの各曲に繋がりを持たせる役割を担う最も重要な要素がこのロザリーのギターなのです。

またこの”Kayleigh”はアルバムのイメージもしっかり反映しているので、この曲は本当はアルバムの一部として聴くべきだと思っています。

Lavender

シングルヒットした2曲がノンストップで繋がるのはかなり贅沢ではないでしょうか。やはりアルバムあってのそれぞれの曲なんだなと思わされます。

1曲目の”Pseudo Silk Kimono”からこの3曲目の”Lavender”までが一つの組曲で、”Lavender”が”Kayleigh”の続きであるかのように聴こえるのもアルバムとして聴いたときならではでしょう。

シングルバージョンでは少し長くなっている”Lavender”ですが、アルバムバージョンではかなり短くあっという間に過ぎてしまいます。

それなのにとても印象に残る曲になっているのは、やはりシンプルながらも心に響く歌とサビ後のロザリーのギターソロによるものでしょう。どちらも単純なフレーズだからこそ忘れられないのかもしれません。

私は”Lavender”がとても良い曲だと思うのでより長いシングルバージョンを聴くこともありますが、やはりこのアルバムの中で聴く”Lavender”が一番感動します。

Bitter Suite

3曲目まででわかりやすい部分は終わり、ここからは起伏のある音楽が続くことになります。

他の作業をしながら音楽を聴くということは頻繁にあるでしょうが、”Misplaced Childhood”ではこのあたりに入ると静かなパートの方が多くなるので、やはりできればアルバムを聴くことに集中して注意力が散漫にならないようにすべきでしょう。

この曲は5つのパートに分かれています。

a) Brief Encounter
b) Lost Weekend
c) Blue Angel
d) Misplaced Rendezvous
e) Windswept Thumb

細かく分割されているので、パート数の割に全体の長さはそれほどありません。なお、盛り上がるのはcのパートのみです。

この組曲が始まるとともに突然暗闇に入ったように雰囲気が変わり、フィッシュの語りからまた囁くようなボーカルで進んでいきます。

KayleighやLavenderのようなキャッチーな部分もなく、展開の変化も目まぐるしくなるためだんだんプログレ然としてきて少し混乱するかもしれません。

やはり音楽だけで聞かせるというよりもストーリーテリングに比重を置いている気がするので、こういう部分では歌詞をしっかり読むかどうかで印象が違ってくるはずです。

音楽に目を向けますと、やはりあっと言わされるのはパートcの”Blue Angel”です。このパートに切り替わった瞬間”Lavender”で登場したギターソロが全音下のキーで繰り返され、”Lavender”のサビを想起させる旋律を持つ素晴らしい組曲のクライマックスが聴けます。想起させるというより、移調しただけでこれは明らかに”Lavender”の再現なのです。

“Lavender”の後に一度流れが切れたかと思って聴いていても、しっかり繋がっていることをこのパートが教えてくれます。そして、またしてもすぐにこの極上のパートが終わってしまうところも大事なポイントです。

パートcを挟んでa~b, d~eはどれも静かなパートですがd~eはより憂いを帯びており、ここから次なる組曲”Heart of Lothian”への流れも素晴らしいです。

Heart of Lothian

2パートからなる組曲です。

a) Wide Boy
b) Curtain Call

4曲目”Bitter Suite”の最後の部分を受け継ぎながら少しずつ盛り上がっていきますが、歌が入る前の5拍子のギターのフレーズはキーポイントとなります。この曲のクライマックスはパートaの”Wide Boy”で、アルバム全体でも一番豪華な音が聴ける場面です。

そして前の組曲の”Blue Angel”と同じように、ここにも”Kayleigh”や”Lavender”を思い出すようなフレーズが組み込まれていることに驚かされます。今回は新しい旋律を使っているのであからさまではありませんが、それでも無意識に連想してしまうのは不思議です。

“Kayleigh”から”Lavender”, “Bitter Suite”を経てこの”Heart of Lothian”まで、物語はそう簡単ではないのですが音楽上では明快で感動的なパートを各曲のどこかに盛り込み続けていています。通り過ぎたくなるような曲が一つもないところがこのアルバムの傑作たる所以だと思います。

盛り上がる部分が終わるとまた”Bitter Suite”と同じように沈んでいくためこのトラックだけを抜き出して聴いてもしっくりこないのは面白いところです。

ちなみにこの曲もシングルカットされましたが、シングルバージョンでは前の曲のパートeがアレンジされたものと”Heart of Lothian”のパートaが収録されています。こうなるとアルバムのトラック分けは大して意味を持たないのかな、と思ってしまいますよね。

なお、レコードでこのアルバムを聴いた場合ここでA面が終わります。

アルバム中音が途中で切れているのはレコードをひっくり返すタイミング、つまりこの曲と次の曲の間だけなので、最大限に流れを重要視していることがわかりますね。

私は長い間このアルバムをCDでしか聴いたことがなかったのですが、彼女の実家にアナログプレーヤーがあり彼女がこのアルバムのLPを買ったので、何度もレコードで聴きました。

レコードで聴くと、ここまでで一度休憩することになるのでまた違った味わいがあります。当時のアーティストはレコードで聴かれることを前提にアルバムを作っていた、とFishのライブを観に行った時に彼がインタビューで語っていました。

Waterhole (Expresso Bongo)

B面、つまりアルバム後半の1曲目ですが、エキゾチックな響きを持った短い楽曲です。

ロザリーのギター、ピート・トレワヴァス(Pete Trewavas)のベース、マーク・ケリー(Mark Kelly)のキーボードが組み合わさったリフを基本にフィッシュの早口ボーカルも入り、このアルバムの特徴である美しい旋律を排し、雰囲気の演出に比重を置いているように聞こえました。

イアン・モズレー(Ian Mosley)のパーカッションもこの曲だけ普段はない音をメインにしています。

大好きなアルバムの一部でありながら、私はこの曲を聴いてもあまり嬉しい気持ちになりません。それでも、このトラックは2分余りしかなくすぐに過ぎていくので、気分転換としてはちょうどいいのかもしれません。

Lord of the Backstage

前曲に続いて短いトラックです。私はこの曲が大好きで、7/8+6/8拍子または7/8+7/8拍子のコミカルにすら聞こえる基本音型が後ろでずっと繰り返されているところが良いなと思っています。それに乗せてフィッシュはいつものようにシアトリカルな歌唱を聞かせてくれます。

“Misplaced Childhood”では変拍子がところどころに使われていますが、一番凝っているのはこの曲で間違いないでしょう。少しでも変拍子に慣れている方なら混乱することはないくらいのレベルで、楽しく聴けると思います。

Blind Curve

私がアルバムで一番のハイライトだと思っているのがこの曲です。4曲目の”Bitter Suite”, 5曲目の”Heart of Lothian”と同じく組曲形式で、アルバム中で最も長いトラックでもあります。

a) Vocal under a Bloodlight
b) Passing Strangers
c) Mylo
d) Perimeter Walk
e) Threshold

5パートに分かれていますが、例によって盛り上がるのは一つだけです。パートeの”Threshold”がクライマックスです。

この組曲は全てのパートがメロディアスかつ感傷的で、聴いていて全く飽きません。構成もしっかり練られています。歌詞の面から考えてもこの曲はかなり大事な場面であり、社会批判的性格も持ち合わせています。ということで、”Misplaced Childhood”を通して聴くならここでは絶対ぼーっとできません。

やはりこの曲を語るならパートeの”Threshold”について書くべきでしょう。

フィッシュのボーカルが一番ヒートアップする部分はここで、キーボードやギターを中心とした演奏は長調なのですがこれは喜びではなく負の激情からくるもので、尋常ではない破壊力を持っています。

この組曲が終わるとアルバムはほぼエンディング的な場面に移るのですが、この”Blind Curve”の締めとして5曲目”Heart of Lothian”の冒頭に登場した5拍子のギターフレーズを3拍子で再現するという演出があります。これはあまりにもずるいのではないかと毎回思います。

Childhood’s End?

激しいドラマの波を抜けると朝日が差し込むようにこの曲のイントロが流れ始め、オプティミスティックな空気を十分に含んだ音楽に元気づけられます。私が”Misplaced Childhood”を聴いていて最も幸福感を感じられるのはこの曲が流れている時です。

アルバムタイトルに登場するchildhoodという語が曲名に含まれていますが、失恋をきっかけに色々な経験をした主人公はここで自身の少年時代の幻影に出会い、言葉を交わすことになります。

リズミカルなベースと徹底して明るい音階を使ったギターが聴いていてとても心地良く、ここまでの8曲の間沈められてきた感情が一気に解き放たれるはずです。中盤はかなりタフなアルバムですが、ここまでくるとずっと聴いてきて良かったと思えるのではないでしょうか。

White Feather

9曲目の”Childhood’s End?”を経て本当にアルバムを締めるのがこの短いトラックです。前曲に引き続き音の響きは徹底して明るく、フィッシュのラップ調のボーカルは少し微笑ましくもあります。

最後のフェードアウト部分では子供たちの声(子供の声ではありませんが恐らく主人公の年齢に合わせているのでしょう)がコーラスとして入り、まさに大団円を迎えたといえる終わり方でした。

まとめ

音楽的な面だけを見ても間違いなく傑作といえるアルバムですが、このアルバムは実質コンセプトアルバムであるためストーリーも存在し、歌詞抜きには語りつくせません。

今回は音楽の説明や私の感想などでかなりの文字数になってしまうため最低限で留めるようにしましたが、今後独立した記事でこのアルバムのストーリーの解説や解釈を行うことは考えておきます。

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