ポーランドのプログレッシブロックバンドAbraxasの深い世界を持ったコンセプトアルバム“99”(1999)のレビューです。
目次
Abraxasのアルバム”99″
※Abraxasのバイオグラフィはアーティスト紹介にまとめています。
1987年に結成され1996年にデビューしたAbraxasは、1996年の1stアルバム”Abraxas”(レビューはこちら), 1998年の2ndアルバム”Centurie”(レビューはこちら)に続いてコンセプトアルバムである“99”をリリースしました。
99というタイトルはこのアルバムが発売された1999年を意味します。ポーランド語では99をdziewięćdziesiąt dziewięć(ジェヴィェンチジェショント・ジェヴィェンチ)と言うので、読み方はこれだと思います。
アルバムコンセプトはブックレットの序文を見ればわかるのですが、あまりに長い文章なので要約しましょう。
まず、これは日常のうちに誰にでも起こりうる出来事だと前置きされています。
「精神が崩壊し、意識と無意識、正気と狂気の間を彷徨い、自らの罪を懺悔する。テクノロジーに依存し、同時に首を絞められていく。意識は幸せを知った過去の記憶に戻っていく。相手を見つけたのに、愛を与えることを恐れその人を失ってしまった。しかしその人の思い出の品であるロケットが自分を見守ってくれているのを感じることが時々あった。
突然全ての経験が一つに収束し、自分の存在があらゆるものと混ざり合い、真実が見える。そして全てが止まる。声が聞こえ、自分の内部と外部との境界が曖昧になり、魂の浄化が始まる。その後平安が訪れ、元いた場所に帰ってくる。その時には既に運命と未来を自覚し、自由になっている。」
これはどうやら人間の精神世界を描いた物語のようです。
これは音楽的にもコンセプトアルバムであるといえます。各トラックがあまり独立しておらず、曲単位で聴くのに適していません。
このアルバムには英語盤も存在し、曲タイトルから歌詞まで英語になっているのでこのコンセプトを理解したいなら英語盤を買っても良いかもしれません。演奏は同じで、ボーカルだけが英語で録り直されています。やはりポーランド語バージョンの方が響きは良いですが。”99″の英語盤は”Centurie”の英語盤ほどではないもののプレミア価格になりがちなのでしっかり探す必要があります。
また、英語盤にはボーナストラックとして“D.I.R.T.”という短いインスト曲が収録されています。
この記事はポーランド語盤のレビュー記事+英語盤ボーナストラック”D.I.R.T.”のレビューです。
“99”はAbraxas最後のスタジオアルバムとなりました。それは、2000年の終わりにバンドが解散してしまうからです。ファンとしては、「解散しなかったら次のアルバムはどんな音楽性になっていただろう」とよく考えてしまいます。
トラックリスト
ポーランド語盤
- 14.06.1999 – 2:58
- Czekam – 1:43
- Jezebel – 6:51 ★★
- Szaleństwo Przyszło Nocą – 0:17
- Spowiedź – 4:21
- Anatema, Czyli Moje Obsesje – 7:33 ★★
- Pętla Medialna – 3:39
- Noel – 5:13 ★
- ’37 – 1:16
- Medalion – 6:11 ★
- Iris – 6:41
- Oczyszczenie – 4:27 ★
- Moje Mantry – 3:08 ★
前作”Centurie”ではギターのSzymon Brzeziński(シモン・ブジェジンスキ)がほとんどの作曲していましたが、このアルバムでは彼以外にもベースのRafał Ratajczak(ラファウ・ラタイチャク)が1曲目の”14.06.1999″と7曲目の”Pętla Medialna”を、元メンバーのKrzysztof Pacholski(クシシュトフ・パホルスキ)が8曲目の”Noel”を作曲しています。さらに11曲目”Iris”の一部は元メンバーで故人のRadek Kamiński(ラデク・カミンスキ)が遺したものです。
英語盤
- 14.06.1999
- My Awakening
- Jezebel
- Madness Came at Night
- Confession
- Anathema, My Obsessions
- The Media’s Loop
- Noel
- ’37
- Locket
- Iris
- Purification
- Above
- D.I.R.T. – 1:26 (英語盤ボーナストラック)
各曲レビュー
14.06.1999
ボーカルのAdam Łassaによるモノローグで始まります。
変拍子のヘヴィな演奏が聴ける曲です。Abraxasは元々重いサウンドを多用していますが、ここまでメタルっぽい曲はいままでなかったと思います。特にドラムが迫力満点で、聴いている自分が打たれているような感じを覚えます。
曲名は「1999年6月14日」で、アルバムの発売日ではないかなと思っています。アルバムのコンセプトの前提が「精神の悲劇は毎日起こっている」なので、その例としてこの日付をタイトルにしたのだろうと推測しています。
“Wszystko zaczęło się we mnie. Niektórzy nazywają to bólem istnienia.
Ale ja wiem, że jest inaczej. Jestem w transie, a trans jest wszystkim.”
全ては僕の中で始まった。それを存在の痛みと呼ぶものもいる。
でも僕はそうではないと知っている。陶酔状態にある、陶酔状態こそが全てである。
– Adam Łassa, “14.06.1999”
Czekam
SE的な演出が主役のトラックです。
宇宙空間に浮かんでいるような錯覚を引き起こすようなうっすらとしたシンセの演奏をバックに、病院で重篤患者に使われる生体情報モニタ(Wikipedia)の「ピッ、ピッ、ピッ」という音が流れます。
やがてこの音が加速していき、心臓が止まったことを知らせる「ピーーーーー」という長い音になります。これはこの曲においても死を表しているのでしょう。
最後にモノローグが挿入され、次の曲に移ります。
英語盤では”My Awakening”というタイトルになっていますが、”Czekam”を英語に直訳するなら”I Am Waiting”となります。
“Moje powieki są jak zamknięte okna.
Moja nagość stała mi się obca.”
僕の瞼は閉じた窓のよう。僕の裸体は他人と化してしまった。
– Adam Łassa, “Czekam”
Jezebel
私が愛してやまない、あまりにも美しいバラードです。
ストリングスの控えめな旋律による静かで哀しげなイントロは、死を思わせるCzekamの後に流れてくるからこそ心に沁みてきます。この美しさと共存する物悲しさは死の先に見えてくる幻のようです。私はいつもこのイントロを聴くだけで感無量になってしまいます。
Jezebelという楽曲は最初から最後まで素敵なのですが、ずっとここだけ聴いていられたらとつい思ってしまいます。 遅いテンポを刻む不自然に大きいドラムの音も不思議な雰囲気を醸し出しています。
夢想的な歌パートは短いながらも極上の旋律と美しい歌詞がマッチした素晴らしいもので、普段なぜか耳に引っかかる声質を持つAdamの歌声もここでは優しく切なさに溢れています。
そしてボーカルが高揚していくのに呼応するストリングスは教会音楽のように気高い盛り上がりを見せていて、これも聞き逃せません。
ボーカルが消えるとゲストのKrzysztof Ścierański(クシシュトフ・シチェランスキ)が奏でるフレットレスベースの静かなソロから、楽曲の山場であるSzymon Brzeziński(シモン・ブジェジンスキ)による天上を漂うようなギターソロに入ります。非常にゆったりとしていながらこれでもかと泣かせてくる高音の旋律と二本のギターによる三度のハモリは絶品で、聴いているだけで天に昇ってしまいそうです。
ちなみに、Jezebelは聖書に出てくるイスラエルの王の妻の名前のようです。
“Bramy piekieł przenika gęsta mgła. Jak kartki z mego życia, jak przeszłość gwiazd.
Składam co dnia fragmenty, poza lustra szkłem. Składam co dnia wspomnienia, mlecznej drogi cień.
Mimo, że nic w pamięci nie powtarza się.”
地獄の門を深い霧がすり抜ける、僕の人生のカードのように、星々の過去のように
毎日鏡のガラスの外で破片を積み上げている、毎日思い出と天の川の影を積み上げている
記憶の中のものが繰り返されることなどないのに
– Adam Łassa, “Jezebel”
Szaleństwo Przyszło Nocą
次の曲の前置きとなるモノローグです。
“Są święte obrazy, do których się modlę.
Są słowa, które zabiorę ze sobą.”
僕が祈りを捧げる神聖な絵画がある。僕が持っていく言葉がある。
– Adam Łassa, “Szaleństwo Przyszło Nocą”
Spowiedź
ヘヴィで暗い曲。暗いといっても、憂鬱というよりは激しい嘆きを感じさせるような曲です。
このメロディから溢れる悲壮感は本物で、聴いているだけで痛々しい気分になってきます。
この曲には女性ボーカルも参加していますが、彼女はポーランドのゴシックメタルバンドClosterkellerのリーダーであるAnja Orthodox(アニャ・オルトドクス)です。私はClosterkellerも好きでライブを観たこともあります。
私は大学で軽音楽サークルに所属していた時にバンドでこれを演奏しました。キーボードとボーカルです。
“Kain, Kain ma, na palcach blizny jad. Abel, Abel ma, w objęciach cały świat.
Gdybym choć raz mógł przeżyć do końca taką śmierć. Gdybym choć raz pokochał się.”
カインは指に傷跡の毒を持っている、アベルは全世界を腕の中に抱えている
一度でもこんな死を最後まで生き延びられたなら、一度でも自分を愛せたなら
– Adam Łassa, “Spowiedź”
Anatema, Czyli Moje Obsesje
Abraxasのディスコグラフィ全体の中でも大事だと私が思う曲です。
最初は不穏かつヘヴィな雰囲気ですが、イントロには既にリスナーを惹きつけるだけの力があります。ボーカルはエフェクトによって不気味に響き渡っています。
メランコリックなギターソロを経て、楽曲は静かに爆発点へと向かっていきます。このあたりのMikołaj Matyska(ミコワイ・マティスカ)によるドラムの演奏も見逃せません。
理解が追い付かないほどのSzymonの破壊的なギターソロを合図に楽曲は後半へ。ここからは雰囲気が一転し、憂いに満ちたメロディが次々と繰り出されます。ここではボーカルとギターがメインになりますが、どちらも非常に感傷的でいつまでも聴いていられます。
再び女性ボーカルが出てきますが、今度はJoanna Kalińska(ヨアンナ・カリンスカ)という人です。彼女の情報は調べても出てきませんでした。
“A każdy następny brzeg mą łódź zwodzi jak mgła.
Bliżej mnie, rzeki poranna toń, jak wir porwie na dno
Srebrny pył owiał przeszłością kres, bym kiedyś przeżył to znów.
Jeszcze raz, jeszcze raz.”
視界に入ってくる岸はどれも霧のように僕の小舟を欺く
さらに近くでは朝の川の淵が渦のように底へ引きずり込む
銀色の塵が終わりを過去で覆った、僕にまたそれを経験させるために
もう一度、もう一度
– Adam Łassa, “Anatema, Czyli Moje Obsesje”
Pętla Medialna
少し実験的な曲調が特徴です。
前半ではインダストリアル的な演奏にAdamの狂気の叫びが響き渡り、後半はSzymonのメタルリフが主導します。
コンセプトアルバムということで、独立した楽曲としてのクオリティよりもアルバムのストーリー中の役割を重視したような曲です。
“Oto ja, medialny niewolnik. Sprawca werbalnej masakry. Więzień niechcianej władzy.”
これが僕だ、メディアの奴隷、言葉による大量殺戮の元凶、望まない権力の囚人
– Adam Łassa, “Pętla Medialna”
Noel
「クリスマス」というタイトルとは裏腹にダークな曲。
9拍子と10拍子が現れる不思議なリズムが使われていて、テンポは速めなので不安に急き立てられているような気持ちになります。キーボードとギターが奏でるリフも不気味です。
サビらしき部分は暴力的で、叩きつけるようなドラム、メタリックなギターストローク、そしてディストーションのかかったボーカルが襲い掛かります。
そして楽曲は疾走し始めます。ここは素直にかっこいいなと思いました。スピード感のあるギターソロも聴けます。
この曲に参加している女性ソプラノボーカルはDorota Dzięcioł(ドロタ・ジェンチョウ)という人で、調べてみたところダンスやフルートの演奏もできるようです。Abraxasの出身地であるBydgoszczにあるフィルハーモニーでも仕事をしています。
このアルバムが発売されたのは1999年ですが、奇しくもこの年のクリスマスにバンドの親友であったラジオDJのTomasz Beksiński(トマシュ・ベクシンスキ)が自殺してしまいました。
“Firmamentem zdążam by, księżyc w pełni ujrzeć gdzieś, jak lśni. Zdrada czyha w kątach ust, kątach ust.
Klejnot, który w sercu mam, na dnie myśli zawsze tkwił, bez zmian. Jasność niechaj stanie się, stanie się.”
天空の中を急ぐ、満月が輝く様をどこかで見るために 裏切りが口角に潜んでいる、口角に
心の中の宝石は頭の奥にいつも変わらずにあった 光よ現れろ、現れろ
– Adam Łassa, “Noel”
’37
アナログ盤を聴いているような音質の短いインスト曲です。
Marcin Błaszczyk(マルチン・ブワシュチク)のキーボードによるストリングス演奏のみによって構成されていて、ここで奏でられるメロディは後にまた登場します。
’37は1937年を指していると思われますが、どういった意味が込められているのかはわかりません。
Medalion
このアルバムで最も音楽的に明るい曲です。とはいってもこの曲自体が明るいかといえばそうでもありません。暗くないのは確かですが。
曲は12/8拍子。Marcin Błaszczykのピアノによるリフが明るくも暗くもない不思議な雰囲気を演出していて、Adamは囁くように静かに歌い始めます。
全体的に音が軽く、陰気で重苦しいこのアルバムの中にあっては異色の存在です。曲が進むにつれて盛り上がっていきますが、それでも音は重くなりません。
ちなみに、途中に短いセリフが入る箇所がありますが、これはポーランド語盤でも英語で話されています。私はこれがアコースティックギター担当のŁukasz Święch(ウカシュ・シフィェンフ)の声ではないかと思っているのですが、定かではありません。
後半はSzymonのギターが縦横無尽に駆け回るインストパートです。Mikołajの細かいドラムも聞き逃せません。このインストゥルメンタルはいつまでも続くかのように思われますが、急にスイッチを切る音がして曲が終わってしまいます。
この曲の女性ボーカルは6曲目と同じくJoanna Kalińskaですが、存在感は薄いです。
“A kiedy blask, dotknie mych rzęs pierwszy raz. Poznam ten smak, wina i ran.
Amulet mam, zawsze mam. Rysunek chmur, które znam. Piramid skarb duchy uniosą do gwiazd.”
輝きが初めて僕の睫毛に触れる時 その味を、ワインと傷の味を知る
お守りをいつも持っている、見覚えのある雲の絵 ピラミッドの財宝を霊たちが星々へと運んでいく
– Adam Łassa, “Medalion”
Iris
Pętla Medialnaに似た雰囲気の演奏で始まりますが、この曲は長めでボーカルも入っています。
なんともいえない曲調で説明するのが難しいのですが、音は大胆で暗いです。均整のとれていない演奏と不協和音が特徴です。
途中で演奏が止まり、無音の中鳥の鳴き声が響いた後オルゴールのような演奏が始まります。さらにこのフレーズが大仰なブラスバンドによって繰り返されます。これは浄化の前の場面を表しているのでしょう。
“Powracam znów z dalekich stron. I krętych dróg. Ziarna czasu jak klepsydry łzy.
Rozum śpi. Brak mi tchu. Inkarnuję. Zapomniany syn.”
僕はまた遠い場所から、うねった道から戻ってくる 砂時計の涙のような時の粒
理性は眠っている、呼吸ができない 肉体化していく、忘れられた息子
– Adam Łassa, “Iris”
Oczyszczenie
実質的にはここからがアルバムのエンディングです。
9拍子で、Marcin Błaszczykのキーボードが主役となります。ここでの彼の演奏は癒しのようでもありますが神秘的な表情を多分に含んでいます。冒頭のオルガンの音色や後半のソロのメロディは耳に残るはずです。
Adamは歌っていません。その代わりに囁きが浄化の様子を語っていて、背景ではDorota Dzięciołによる女性ソプラノボーカルが響きます。このアルバムに参加している女性ボーカリストは計3人ということで、コーラスを使うにしても声のタイプによって使い分けるというこだわりが表れています。
“Poranne oczy, ocean przebudzenia. To głosy z zaświatów.
Zmysły wdarły się w materię, a powietrze rani moje ciało.
A gdyby nagle odrodził się w nas Stwórca? A gdybym nagle doznał oczyszczenia?
Choć myślałem, że każde serce jest z kamienia. Choć myślałem, że ludzkość się opamięta.”
朝の瞳、目覚めの大洋 これはあの世からの声
五感が物質に入り込み、大気が僕の身体を傷つける
もし突然僕たちの中に創造主が復活したら?もし突然僕が浄化を経験したら?
人の心はみんな石でできていると思っていたけれど 人類は正気に戻ると思っていたけれど
– Adam Łassa, “Oczyszczenie”
Moje Mantry
結果的にこれがAbraxasの最後の曲となりました。
ひたすらSzymonによる泣きのギターメロディが流れる美しい曲です。ここでもDorota Dzięciołがソプラノコーラスを入れていて、天上の響きを生み出しています。なお、この曲のテーマは”’37″と同じです。
Adamは静かに語っています。この上なく感動的なエンディングです。
英語盤ではタイトルが”Above”となっていますが、直訳なら”My Mantras”です。
“Jakie życie taka śmierć. Bo zapomnieć ludzka rzecz.
Kaszmirowe niebo czuć, gdy wznoszę się.”
この人生にしてこの死あり 人間は忘れる生き物だから
カシミアの空のにおいがする、昇っていく時に
– Adam Łassa, “Moje Mantry”
D.I.R.T.
英語盤ボーナストラックです。技巧的なインストゥルメンタルですが、Abraxasの魅力である歌心は感じられず、聴いていて思ったことは特にありません。
まとめ
このアルバムでは進化したAbraxasが聴けます。音楽性の幅が広がっているというのが一番の変化でしょうか。
クオリティは高いのですが、コンセプトアルバムということで音楽的にも難解なので初心者が最初に聴くアルバムとしてはおすすめできません。
最初の2枚のアルバムを聴いてからこの”99″を聴くと良いと思います。