この記事では私がどうやってポーランド語を習得したのかについて話します。
目次
はじめに
ポーランドの公用語であるポーランド語を話せる私が、2年3ヶ月という期間でポーランド語を習得したと自信を持って言えるレベルに達するまでどのように勉強したのかを紹介する記事です。
私はポーランド語だけでなく様々な言語を学んできましたが、最も成功したのがポーランド語の学習です。2年3ヶ月という期間は短いのかそうでもないのか、それはよくわかりませんが、個人的には非常にスムーズに学習が進んだと思っています。
私の例が必ずしも他の人に適用できるとは限らないのはもちろんのことですが、語学学習にはたくさんのケースがある中で、その一例として読んでいただければと思います。
学習開始~3ヶ月目
準備をしてから実際に始めるまで時間があったので、学習開始をどの時点にするか悩みました。ポーランド語を実際に練習し始めた2016年6月を開始地点にしましょう。2年3ヶ月という数字はそこから導いています。
ポーランド語を始めた動機は
1. Abraxasというポーランドのロックバンドが大好きで歌詞を理解できないのが耐えられない
2. 小学校に入る前からポーランド出身の作曲家であるショパンが大好きなので、ポーランド語を習得すれば彼の祖国を旅したりワルシャワのショパン博物館を見学したりできるかもしれない
というものでした。
前準備として、Facebook上にあるポーランド人と日本人の言語・文化交流グループに入会しました。実情として、ここにいるのはほとんどがポーランド人です。
私はすでにこのグループから退会してしまいましたが、グループに所属している日本人が少ないということで、日本人が現れるとすぐに友達になりたいポーランド人がコメントやメッセージをくれます。
学習開始より少し前のことですが、ここで何人か知り合いを作っておきました。まだポーランド語は全然わかりません。
ポーランド語の勉強は、そのポーランド人たちとのテキストメッセージから始めました。教科書や文法書は購入済みでしたがまだしっかり読んだことがなく、送られてきたメッセージの内容を調べたり、返信を書いたりするのにその都度必要なことを調べるという形で進めていきました。
この時私が送っていたポーランド語は相手に申し訳ないほどめちゃくちゃだったんだろうなと思います。しかし、ポーランド語を難しいと思いながらも軌道に乗るまで一度も挫折しなかったのは、これを通じてできた友達とできるだけ深くコミュニケーションを取りたいという気持ちのおかげです。
それからすぐに「ニューエクスプレス ポーランド語」(石井哲士朗・三井レナータ、白水社)という教科書を使って自習を始めました。内容をノートにまとめて練習問題を解くという勉強方法です。これが2ヶ月目くらいのことで、1ヶ月ちょっとでこの教科書を終えました。
3ヶ月目には一番頻繁にやり取りをしていたポーランド人と初めてビデオ通話でのスピーキング練習をしましたが、実際に会話したことのなかった私はほとんど聞き取ることも発言することもできませんでした。
ただ、この初期段階でスピーキング練習を始めたことが後に恥ずかしがらずに話すことができるようになった理由だと思います。
なお、私が学習したことのある多くの言語と違ってポーランド語は実践から始めたので、語形変化表の暗記をしたことがなく基本単語でも使ったことのない形は知らないという状況でした。
例えば、食べる(jeść)という基本動詞がありますが、私はこの頃jem(1人称単数)とjesz(2人称単数)しか使ったことがなく、jedzą(3人称複数)という形は後になって実際に使わなければいけなくなるまで見たこともありませんでした。対して、ポーランド語を学校で習う場合jeśćの人称変化は早い段階で全て暗記するでしょう。
また、自分の発言のレパートリーは相手の発言の中から使えるものをコピーすることで増やしていきました。教科書も使ってはいましたが教科書で覚えたのはあくまで文の構造です。
相手が何かを言ってきた、あるいは書いてきたときに、その中に自分が後に使えそうなものがあれば覚えておくという方法がメインでした。
これが良い方法なのかどうかはわかりませんが、私のポーランド語の覚え方にはネイティブが自身の母語を習得するプロセスに似た部分があるような気がします。
4ヶ月目~6ヶ月目
4ヶ月目まで大学の夏休みだったので、暇さえあればメッセージの返信をしたり通話をしたりしてポーランド語の練習をしていました。
この時点では日常会話において辞書をあまり引かずに相手のメッセージを理解したり返信を書いたりすることができるようになっていて、スピーキングでも少しずつ話せるようになってきていました。
5ヶ月目には大学の授業が始まりましたが、春休み(ポーランド語の学習を開始して9ヶ月目)に3週間程度のポーランド旅行をする決心をし、勉強のペースを上げて航空券も買いました。
次の教材として「明解ポーランド語文法」(石井哲士朗、白水社)という厚めの充実した文法書をさらい始めたのもこの時です。
大学の授業とアルバイトがありましたが、毎日辞書含め教材を学校に持って行って空きコマや放課後に大学図書館で勉強していました。休日もアルバイトの前に自宅で勉強しました。
この時の一日のポーランド語学習時間は授業・アルバイトが両方ある日で2~3時間、アルバイトのない平日は4~5時間、休日も4~5時間程度です。これに加えメッセージのやりとりや通話があったので、かなり集中的に勉強していたことになります。
「明解ポーランド語文法」はかなり読んでいて大変な本でしたが、知らない事項をノートにまとめたり例文を写したりして牛歩で進んでいき、3ヶ月で終えました。
7ヶ月目~9ヶ月目
7ヶ月目で「明解ポーランド語文法」を終えたので、「ポーランド語会話・文法」(ゴジェフスカ・ヨアンナ、ユーラシアセンター)という本を教材に選び、知らないところだけピックアップして覚えるという方法で学習を続けました。9ヶ月目に入る頃にはこの本も終わっていました。
また、リーディング練習としてポーランド語のインターネット新聞の記事を印刷して知らない単語を覚えながら読んでいくということも始め、20記事程度を読みました。
ポーランド旅行に向けてネイティブとの通話頻度も増やしましたがリスニングがどうしても苦手で、これがインターネットを通した音声環境によるものなのか、そもそも聞き取れないのかがわからず不安でした。
ポーランド旅行
ポーランドに行ってみると、英語を使わなくても知らない人とポーランド語で会話ができることがわかりました。ずっとポーランドに行ってみたかっただけでなく、自分のポーランド語が通用するか試してみたかったというのもポーランド旅行を決めた理由なので嬉しかったです。
それでも、言いたい単語を知らない時に推測して教えてもらう、聞いていてわからない言葉を説明してもらうなど会話をする上で相手に助けてもらうということが多々ありました。
10ヶ月目~1年3ヶ月目
ポーランド旅行を終えると翌年の秋学期(1年4か月目にあたります)からのポーランド語留学を決意し、そのための準備を始めました。
旅行中に購入したポーランド語で書かれたポーランド語の教科書(レベルはB1~)の練習問題を解くことを中心に勉強しました。また、ポーランド語の現代小説も購入していたので2冊読破し、他にも2冊ほどの本を途中まで読みました。
留学を控えているということでさらに勉強に熱が入り、他の言語も学習しながら一日4時間程度はポーランド語に充てていたと思います。
ポーランド留学
冬学期
ポーランドに来たのは二回目ですが、自覚はなかったものの友人たちは前よりポーランド語が上手になったと言ってくれました。
留学したのはカトヴィツェという街です。留学は2017年9月から一年間で、最初語学学校での外国人のための全日制ポーランド語コースの受講を予定していました。
しかし、最初にクラス分けテストを行ったところ他の参加者と明らかにレベルが合わなかったため(私の成績が飛び抜けて良かったようです)、ポーランド語コースに通うのは週二回、夜だけにして大学の授業の聴講をメインにしたらどうかという提案を受けました。受けたい授業だけ受ければ良いとのことでした。
そこでポーランド人と外国人が混ざった国際ポーランド学学科の授業に半年参加し、ポーランド語で授業を受けることにゆっくり慣れつつ、言語学的な視点から見たポーランド語の話は面白いなと興味を深めることができました。
受講していた科目は
- ポーランド語の歴史、構造と差別化
- 世界の言語
- ポーランド各地域の歴史と文化
です。ポーランド語コースの授業も合わせると週6コマというスケジュールでした。週6コマというとかなり少ないですが、自分がどれくらいできるかわからなかったので安全策です。
なお11月(1年6ヶ月目)に外国語としてのポーランド語検定試験を受験する機会があり、B2受かるかなと思いながらも安全策でB1レベルに申し込んだのですが、やはり全く問題なく合格することができました。
同じく11月には国際ポーランド学学科のポーランド人学生の要望で、グリヴィツェにあるその人の母校で高校生相手に日本を紹介する20分程度のプレゼンをしました。
1月(1年8ヶ月目)には大学のイベントで日本におけるポーランド音楽について15分程度プレゼンをし、さらに日本語の模擬授業を1時間しました。人前でポーランド語を話す経験を積めたのは大きかったです。
夏学期
そのあと、この国際ポーランド学学科での成績が良いということで、次の学期はポーランド語学科の聴講をしても良いという許可が下りました。国際ポーランド学学科の授業にもいくつか参加しながらも、ポーランド語学科の授業を中心に時間割を組みました。
この学期に受講していた科目は
- 1918年以降のポーランド文学 (国際ポーランド学1年向け)
- ポーランド語歴史音声学 (ポーランド語学科2年)
- 現代ポーランド語形態論・統語論 (ポーランド語学科1年)
- ポーランド語の歴史 (ポーランド語学科修士1年)
- 現代ポーランド語 (国際ポーランド学1年)
- ヨーロッパ諸言語の中におけるポーランド語 (国際ポーランド学修士1年)
- 古代教会スラヴ語 (ポーランド語学科1年)
で、ポーランド語コースの授業も合わせると週9コマ。これでもかなり大変でした。その他に1918年までのポーランド文学という授業も最初受けていましたが、授業が気に入らなかったので途中でやめました。
ポーランド語学科の学生の9割はポーランド人(残りはウクライナ人とロシア人)で、ネイティブとしてポーランド語を勉強するので授業はポーランド語をよく知っていること前提です。
そういった環境で元々ポーランド語はおろかスラヴ諸語と何の関係もない私が戦っていくのは大変でした。しかし留学を半年終えた段階で授業内容は全て聞き取れるようになっていたので、なんとかついていくことができました。
実際ポーランド語学科ではほとんどのテストでポーランド人学生を差し置いて最高点を獲得し、先生方にも驚かれました。特に歴史音声学の授業が面白く、今ではこれが私の趣味になっています。
ポーランド語の歴史という授業ではkabel(ケーブル)という単語の意味変化についてレポートを書いたので、ポーランド語でのアカデミックライティングの経験も積むことができました。
また一年を通して外国人のためのポーランド語コースに通い続けましたが、これが良い練習の場になりました。
ただ最初から一番上のクラスに入れられたので、ほとんどの生徒がスラヴ人で私よりポーランド語が上手でした。
中にはすでにC2(ほぼネイティブ)レベルに近いようなずば抜けた人もいたので、授業に出るたびに自分が情けなくなるようなところがありました。それでも心が折れないようにその事実をできるだけモチベーションに変えるよう努めました。
冬学期は非スラヴ系仲間としてドイツ人がいたり、受講者のレベルもまちまちだったりしましたが、夏学期は本当にレベルが高かったです。私以外の受講者は全員東スラヴ人(ロシア・ウクライナ・ベラルーシ)で、先生以外は全員ロシア語が喋れる(私は微妙ですが)という不思議な状況でした。
7月(2年2ヶ月目)には法学部のキャンパスに出向いて、日本におけるビジネスに関わる文化について1時間半の特別講義をしました。1人で1時間半です。これがポーランド留学の集大成といえるでしょう。
なお、5月に外国語としてのポーランド語検定試験のB2を取ろうと思ったのですが、申し込みに乗り遅れてしまい受験できませんでした。
ところで
実は、2月(1年9ヶ月目)から始まる夏学期の開始と同時期にポーランド人の彼女ができて、2週間に1回のペースで彼女の家に滞在していました。それが目的で付き合っているわけではないものの、会話の練習をしたり言葉のニュアンスに関する感覚を磨くことができました。
また彼女も言語を専攻しているので、私のポーランド語の発音を観察しておかしい点を的確に指摘してくれました。そこで、日常的に発音を意識してまず一点の改善に取り組み、良くなったらまた次の一点を意識して取り組む、という方法でゆっくり自分の発音を改善していきました。
最初は改善すべき点がいくつもあったのですが、今では「聞いていて外国人なのはわかるような発音だけど、気になるような音はない」と言ってくれています。本当はポーランド人と間違われるくらいになりたいのですが、それはまだまだ先です。
7月からは2ヶ月弱同棲していたので、大学はもう終わっていましたがさらにポーランド語で会話をする時間が増えますます私の能力が上がっていきました。
到達レベル
8月でポーランド語の学習を初めて2年3ヶ月になりましたが、この時点で到達したレベルは
リスニング:
ネイティブが普通の速度で話していても文脈が欠落していなければ基本聞き取れるが、理解するためにはその声に注意を向ける必要がある(聞こうとする必要があり、テレビ番組が流れていても内容を理解しようと思わなければ何も聞こえてこない)。
※追記: 日本に帰った後ですが、12月にそこまで注意を向けなくても聞き取れるレベルに到達しました。
リーディング:
ポーランド語の文学作品や学術書が読め、速度も遅くはない(ネイティブの0.5~0.6倍くらいのスピード)。
スピーキング:
言いたいことは全てポーランド語で言えるが、話している途中にどの単語を使うべきかわからず間を置くことがある。専門的な話題についても議論することができる。時々語形変化を間違えるが、すぐに自分で気付くので修正することができる。アクセント(外国人訛り)はほぼ消えている。
ライティング:
学術的な文章も詩的な文章もほぼ間違えることなく書ける。
これだけできればポーランド語を習得したと胸を張って言えると思います。レベルはB2より少し上くらいでしょうか。
最後に
これが私がポーランド語を習得するまでの過程です。大事だったなと思うのは、
- いきなり実践から始めたこと
- 早い段階でスピーキング練習を始めたこと
- 授業やアルバイトがあってもポーランド語の自習を集中的に続けたこと(特に明解ポーランド語文法をやっていた3ヶ月で飛躍的に上達した気がします)
- 様々な感情、人間関係や問題への直面をポーランド語で経験し日本語に頼らずに乗り越えたこと、またそれによってポーランド語で思考するようになったこと
この4点です。加えて、留学で積極的に学ぶ姿勢を忘れなかったことも挙げたいのですが、誰もが留学できるわけではないので4点には含めませんでした。
ここまで私の経験を詳しく書いてきましたが、この中に語学学習者の皆さんのためのヒントになるものが一つでもあれば良いなと思います。