ポーランド語の鼻母音ą, ęとロシア語のя, уの対応関係

スラヴ諸語を複数学習していてその中にポーランド語もあるという方は、ポーランド語には他のスラヴ諸語に基本見られない鼻母音があることに気付いたと思います。

今回はそれがどこからきたのか、そしてロシア語では何にあたるのかについての話です。

ポーランド語の鼻母音

現在ポーランド語に存在する鼻母音は2種類。

ą / ę

それぞれオン/エンと読みます。ęはそのままeの鼻母音であるのに対しąはaでなくoの鼻母音なので注意が必要です。

ロシア語

ロシア語には鼻母音がありません。ではポーランド語で鼻母音が登場する単語はどうなっているのか見てみましょう。

ポーランド語でąが登場する単語のロシア語での形

ポーランド語 – ロシア語(ラテン文字表記)
sąd – суд(sud)
ząb – зуб(zub)
dąb – дуб(dub)
wziąć – взять(vz’at’)
piąty – пятый(p’atyj)

miesiąc – месяц(m’es’ats)

ポーランド語でęが登場する単語のロシア語での形

ręka – рука(ruka)
gazetę – газету(gaz’etu)
będę – буду(budu)
imię – имя'(im’a)
pamięć – память(pam’at’)
się – ся(s’a)

何らかの法則性が見えるでしょうか。
ポーランド語でęとąのどちらになっているか関係なく、ポーランド語で硬子音の後にある鼻母音がロシア語のу、軟子音の後にある鼻母音がяに対応しています。ではどうしてこのような法則があるのでしょうか。

スラヴ祖語の鼻母音

ポーランド語の先祖であり、ロシア語など他のスラヴ諸語の先祖でもあるスラヴ祖語には2種類の鼻母音がありました。それはoの鼻母音(*ǫ)eの鼻母音(*ę)です。

基本的に、現代ポーランド語で硬子音の後にある鼻母音はスラヴ祖語では*ǫ、軟子音の後にある鼻母音はスラヴ祖語で*ęでした。

それは、前舌母音である*ęが前の子音を口蓋化(軟音化)した結果こそが現代ポーランド語における鼻母音の前の軟子音なので当然のことです。

機能的軟子音の後にある鼻母音はどちらの可能性もあるので注意が必要です。ただし、rzの後の鼻母音は*ęからきているということは理論的に導き出せます。

それは、rzは元々rの軟子音だったものが変化した形であるため、*ręでないとrが軟音化されずrzが生まれないからです。逆に*rǫならrが軟音化されないためrのまま現代まで残っているはずです。

ポーランド語の鼻母音の歴史

ポーランド語において、12世紀にはそれぞれの鼻母音に長母音バージョンと短母音バージョンが存在しており、全部で4種類に区別されていました。

14世紀には自然にǫとęの響きの区別が消え、長短のみを区別するようになります。この時期に存在したのはaの鼻母音(ą)で、長母音バージョンと短母音バージョンがありました。このąは現代ポーランド語のąとは違い本物のaの鼻母音なので発音はアンに近いです。

16世紀になるとすでに母音の長短の区別がなくなっていたので再び音の響きで区別する必要が出てきて、長鼻母音ąはǫ(現在のポーランド語の正書法ではą)に、短鼻母音ąはęに変わりました。この2つが現在まで続いています。
この発展の構図をチャートで表すと以下のようになります。

つまり、スラヴ祖語時代にどちらの鼻母音だったかと現代ポーランド語でどちらの鼻母音なのかには関係がありません。

ロシア語の鼻母音の歴史

一方、ロシア語ではスラヴ祖語の*ǫがуに、*ęがяに受け継がれています。

ポーランド語とロシア語で鼻母音が違う変化を辿ったためにこのような不思議な対応関係が出来上がっているのです。

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