このシリーズでは現在ポーランド語に存在する名詞の格変化語尾をそれぞれ歴史的に説明していきます。
現代ポーランド語の女性名詞単数造格
現代ポーランド語における名詞曲用パターンは3種類あり、今回問題になるのはそのうち女性曲用(deklinacja żeńska)です。この曲用には女性名詞が含まれますが、単数主格語尾が-aとなっている男性人間名詞の単数変化もこれに属します。
この曲用の単数造格は
-ą
これだけなので非常に単純で覚えやすいと思います。
過去の女性名詞単数造格
スラヴ祖語時代には5種類の名詞曲用パターンがありました。女性名詞の大部分を含んでいた第3曲用(現在では-a語尾の名詞)での単数造格語尾は
*-ojǫ
また語幹が軟子音終わりであれば
*-ejǫ
そしてやはり女性名詞が含まれていた第4曲用(現在では軟子音で終わる名詞)では
*-ьjǫ
でした。*ǫは現代ポーランド語のąと同じ発音ですが、どちらにしても今の-ąよりは長い語尾ですね。
語尾に起こった音韻変化
これらの語尾から現在の-ąが生まれたので歴史的につながりがあるわけですが、これらのような長い語尾がどうやって今の-ąまで変化したのでしょうか。
ここで大事な音韻変化は縮約(kontrakcja, ściągnięcie)です。
これはjを挟んだ二つの母音が縮まって一つの長母音に変化する現象で、ポーランド語では12世紀までに色々な語で起こりました。
先ほど紹介した三つのスラヴ祖語語尾を見ると、どれも二つの母音がjを挟んでいます(ьには見慣れないかもしれませんがこれも母音です)。ここで縮約が起こりました。
一つ目の語尾を例にとってみましょう。
*-ojǫ > -oǫ > -ǫ(長母音)
二つの母音がjを挟んだ初期状態からjが抜け落ち、最終的にǫだけが長母音となって残っています(縮約時に長母音が残るのは、元々二つの母音であるためです)。
他の語尾においてもoがeやьに変わっただけで同じことが起こり、やはりǫ(長母音)が残りました。
最終的な形になるまで
こうして12世紀までに女性名詞単数造格の語尾は-ǫ(長母音)になりました。長母音として出現していた鼻母音はǫかęかに関わらず16世紀までに全てąとなったため、現代ポーランド語の女性名詞単数造格の語尾も-ąになっています。