Walfad: “Ab Ovo” アルバムレビュー

ポーランドのプログレッシブロックバンドWalfadのアルバム“Ab Ovo”(2013)のレビューです。

Walfadのアルバム”Ab Ovo”

Walfad(We Are Looking For A Drummerの略)ポーランドのプログレッシブロックバンドです。2013年にデビューし、2019年時点ですでにアルバムを4枚発表していますが年齢的にはかなりの若手バンドです。

ボーカル・ギターのWojciech Ciuraj(ヴォイチェフ・チュライ)はなんと1994年生まれで、学業とバンドを両立しています。バンドの音楽的ルーツも自称ジャンルもプログレッシブロックであり、出身はポーランドですが正統派の後継者といえます。

なおWe Are Looking For A Drummerというバンド名は不思議ですが、ドラマーがいないわけではなく、メンバーが高校生だった結成当時にドラムのKacper Kucharskiが何か月もリハーサルに現れなかったことから冗談でつけられた名前です。

Kacperは現在では脱退しドラムはJakub Dąbrowskiになっており、彼とギター・ボーカルのWojciech Ciurajの他には現在以下3人のメンバーがいます。

ギター: Daniel Arendarski
キーボード: Paweł Kukla
ベース: Radosław Żelazny

Walfadはポーランド・シレジア地方のWodzisław Śląskiという町出身のバンドで、私も縁がありここに行くことが時々ありました。

シレジアというのはポーランド南西部・チェコ国境側の地帯(一部チェコの領土も含みます)のことで、上シレジア地域(カトヴィツェなどがあり、私が住んでいるのはここです)と、より西側にあってドイツとの関係が深い下シレジア地域(中心はヴロツワフです)という風に分けられます。

シレジアは元々ポーランド人というより「シレジア人」というアイデンティティを持った人々が多い特殊な地域で、ポーランドの中でも歴史的に異色と言われています。

Walfadの2013年発売の1stアルバムはそのシレジア地方をテーマにしたコンセプトアルバムとして作られました。Ab Ovoはラテン語起源で「始めから」を意味します。

トラックリスト

1. Noc Kupały – 5:38
2. Giewont – 4:13
3. Snusmumriken – 5:34
4. Megi – 4:08
5. Mój Kosmos Nie Żyje – 6:51
6. Pociągi – 8:22
7. 2013 – 8:02
8. Kwiaty na Hałdzie – 5:13

各曲レビュー

Noc Kupały (ノツ・クパウィ)

テンポを何度も変えて緩急をつけた曲です。テーマメロディは繰り返されるので耳に残ります。

一聴したところ歌もののようなつくりになっていますが、実はインスト部にも工夫が凝らされています。もう少しつかみとなるフレーズが欲しいところですが、5分余りの曲の中でこれだけ色々なことをやっているのは若いバンドらしくて良いなと思いました。

この一曲を聴いただけでもこのバンドがプログレバンドとして演奏しているのが伝わってくることでしょう。

なお、Noc Kupałyとは東ヨーロッパを中心に夏至の時期に行われる祝祭のことです。

Giewont (ギェヴォント)

Giewontはポーランドとスロヴァキアにまたがるタトラ山地にある山の名前ですが、曲の始まりはまさに山が高くそびえる様を連想させるような厳かな雰囲気です。しかしすぐに弾力のあるリズミカルなパートに入り、このまま最後まで続きます。

クールなサウンドでまとめられていますが情熱が感じられる曲で、1曲目よりもうまくまとまっているイメージがあります。曲自体はあまり複雑ではないもののキーボードの音にはプログレ的な趣がありますし印象的なフレーズもいくつかあり、後に開花する才能の芽が見て取れます。

Snusmumriken

Snusmumrikenというのはムーミンシリーズに登場するスナフキンのスウェーデン語名だそうです。かなり叙情的なバラードで、美しいメロディが聴けます。

音数は少ないものの、Wojciechの歌と甘いギターの音・美しいキーボードに聴き惚れました。夜寝る前に明かりを絞ってから少しの間、一人で座ってリラックスしながら聴いていたいような曲です。しっかし盛り上げるところはそれなりに盛り上げているので退屈にもならず素晴らしい作品だと思いました。

Megi (メギ)

ピアノが美しいバラード。Wojciechは今の方が明らかに歌が上手いですが、この時点でも彼のボーカルの才能がしっかり現れています。

ライブ映像を観ても彼の歌はかなり安定していて、ボーカルが楽器を兼任しているタイプのプログレバンドで弱点になることの多いボーカルに関しての心配はないことがわかります。

Wojciechは声自体が少し特徴的で、ピッチは高く声質はざらざらしています。これが売りになるかどうかはわかりませんが、少なくともWalfadには彼の歌に重点を置いた楽曲が多くこれからボーカリストとしてどう成長していくのかも楽しみです。

Mój Kosmos Nie Żyje (ムイ・コスモス・ニェジイェ)

「僕の宇宙は死んだ」。ここからは長めの曲が3曲続いています

Walfadの特徴の一つであるあまりに動きの多いベースがここでは目立っていて、その他の楽器の演奏は落ち着いていながらも積極的で再びインスト部を楽しむことができます。ボーカルパートはある程度含まれていますが他の曲に比べると控えめかもしれません。

充実のインスト部は洗練されているというよりはまだまだ若手バンドの雰囲気を残していますが、Wojciechの歌だけに頼らなくてもしっかりバンドの音楽を聞かせることができるということをしっかりと証明しています。

Pociągi (ポチョンギ)

「電車」。これまでの曲とは色が変わって不穏な演奏で始まっています。序盤は少し演歌らしさがあり、使われている音は3曲目の”Snusmumriken”に近いものの表情は全く違い哀愁に満ちた雰囲気です。

静かながらも少し乱暴な曲展開に驚かされたあと、少し暖かめのギターソロが聴けたりキーボードソロが聴けたりします。しかし最後まで来てこの曲全体の展開を見渡したときに少しわかりにくいなという感じがすることは否めません。

Walfadの最新作は素晴らしい作品だったのでそれを踏まえた上でですが、この時期のWalfadは光るものが見え隠れするものの構成力がまだ足りていなかったのでしょう。

2013 (ドヴァ・ティションツェ・チュシナシチェ)

このアルバムで総合的に一番よくできていると思ったのがこのトラックです。他の曲と同じようにあまりにもテンポチェンジが多いのですがそれぞれの主題が魅力的で、歌とインスト部がうまい具合に組み合わさっていて演奏もしっかりしています。

なお、2013というタイトルが曲が作られた、または発売された2013年から採られていることは容易に想像がつくのですが、なぜこのトラックにこのタイトルがつけられたのかはわかりません。少なくとも2013はこのアルバムを代表する曲であるといえるでしょう。

Kwiaty na Hałdzie (クフャティ・ナハウヂェ)

「ごみの山に咲く花」。歌ものかと思いきやインストの割合も多めで、キーボードが活躍しています。あまりアルバムの終曲的な雰囲気は感じられません。最後は不安定なフレーズが繰り返され音量が上がっていき、いくらか中途半端な印象も与えながら終わってしまいました。

まとめ

Walfadのライブに行くことになったのをきっかけに、個人的にコンタクトもあり応援しているバンドなので1stからレビューを書き始めたのですが、2ndアルバムと3rdアルバムは傑作といえるものの今回紹介した1stではどうしても未熟な部分が見えているのでレビューを書く側としては少し難しかったです。

しかし今の洗練されてきたWalfadに繋がる過程として納得できる要素が多く見られるアルバムなので、もしWalfadのファンになったのなら聴くべき作品だと思っています。

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