フランスのプログレバンドAngeのアルバム“Au-Delà Du Délire”(1974)を紹介します。
目次
Angeのアルバム”Au-Delà Du Délire”
Ange(アンジュ)はフランスのプログレバンドです。
プログレッシブロックというジャンルはイギリスで生まれましたが、この音楽が全盛を迎えた70年代にはヨーロッパの他の国々からも名盤が数多く誕生しました。
そういった作品の中でフランス産の筆頭として挙げられるのがAngeのアルバム、特に1974年発売のこのAu-Delà Du Délire(読みはオ・ドゥラ・デュ・デリール、邦題は「新ノア記」)。
Angeは芝居がかったフランス語のボーカルとシンフォニックで柔軟な楽曲展開を武器に人気を獲得しました。
当時から日本のプログレファンの間では人気バンドで、80年代以降もコンスタントに活動を続けたためフランス国内でも知られたバンドなのではないかなと思っています。私が大学で習っていたフランス語の先生(フランス人)は若い方ですがAngeを知っていました。
バンドのプロフィールについては恐らく詳しい方がたくさんいらっしゃって色々書かれているので、私が今から書きながら調べて知ったばかりのことを綴る必要もないでしょうし、しっかり書ける自信もありません。作品の中身を見ていきます。
トラックリスト
- Godevin Le Vilain – 2:59 ★
- Les Longues Nuits D’Isaac – 4:13 ★
- Si J’Etais Le Messie – 3:03
- Ballade Pour Une Orgie – 3:20 ★
- Exode – 4:59 ★
- La Bataille De Sucre / La Colère Des Dieux – 6:29
- Fils De Lumiere – 3:53
- Au Delà Du Délire – 9:02 ★
各曲レビュー
Godevin le vilain
邦題は「農夫ゴドヴァン」。ピアノの伴奏に乗せて寂しげなヴァイオリンの旋律が響く印象的なイントロに始まり、アクの強いボーカルのChristian Décampsの歌が入るとすぐに大仰な雰囲気に変わります。
ドラムの打撃も相当力強いのですが、その上Christianの弟Francis DécampsによるAngeのサウンドを特徴づけるようなキーボードが不気味なまでに鳴り響きただならぬ迫力を感じます。
アルバムが始まってわずか20秒でここまで到達するので初めてのリスナーにとっては驚きの連続であり、つかみはバッチリです。
この展開がもう一度繰り返されたところで流れをぶった切るような奇妙なギターソロが流れたかと思えばまたしても例の大仰なテーマに戻り、そのまま今までの流れを逆戻りするような形で終わりへ向かいます。
短くてシンプルな楽曲ながらもインパクトが非常に強くAngeらしさをしっかり提示しているので、アルバムの1曲目として完璧な役割を果たしていると思いました。少しリズムが不安定なのもこのタイプの音楽ではむしろプラスでしょう。
Les longues nuits d’Isaac
邦題は「アイザックの長い夜」。1974年にしてはヘヴィでむしろもっと後の年代のプログレに登場しそうなイントロがいきなり耳を刺激してきます。Daniel Haasのベースもかなり主張しています。
Christianのボーカルは1曲目以上に粘っこくシアトリカルで、歌メロ自体が耳に残る旋律なのですが、それをこの声で歌われると嫌でも一発で覚えてしまうと思います。それだけ強烈なのです。
この曲はChristianのモノローグが聴けるのもポイントで、さらにこの部分では伴奏がFrancisのキーボードだけになるのでその不思議な音色を堪能することもできます。1曲目に続いて2曲目も他に類を見ないほど濃い内容でした。
Si j’étais le messie
邦題は「救世主だったなら…」。なんと最初からモノローグで始まります。
最初はトーンが低いのですが、劇のサウンドトラックのようにも聞こえる不気味ながらも可笑しな演奏に乗ってだんだんヒートアップしていき、テンションが頂点に達すると悪夢を見ていて自分の叫びで飛び起きた時のような瞬間が訪れます。
実際にこのアルバムを聴きながらうとうとしていたらこの部分でハッと意識が戻ったことが何度もあります。
何を表しているのかわからないキーボードを中心とした大仰な演奏を挟んで再びモノローグ。表情は少し変わってさらに不穏に聞こえますが、またしても同じような経過を辿って夢の泡がはじけます。
3分間、歌詞の量はかなり多いのですがついに歌うことなく終わります。シアトリカルなスタイルが売りのAngeでもモノローグのみの曲は珍しいかもしれません。
Ballade pour une orgie
邦題は「酒神祭りのバラード」。曲名からもわかる通りこれはバラードです。
他の曲に比べてかなり落ち着いていて、神経を少しだけ休ませることができます。しかしこれはこれで素晴らしく芸術的な作品であり、特別注目に値する楽曲でもあります。
基本的にAngeのバラードは不思議な魅力を放っています。そのほとんどに言えることとして、旋律は整っているわけではなくむしろ変わり者と言ってよく、またボーカルの個性はあまりに強いです。
それなのに個人的にはポップミュージックにあるような普通のバラードよりもAngeのバラードの方が心地よく聴くことができます。まさに魔力といえるでしょう。
Exode
邦題は「出エジプト記」。雄大な雰囲気のある曲。やはりAngeらしいキーボードの音色がここでも大活躍しています。
この曲で聴けるようなポジティブな旋律はここまで出てこなかったので、今までとは違った印象を受けるはずです。特にイントロで主旋律となっていてボーカルにも現れるメロディは耳から離れなくなります。
さらにこの曲ではアコースティックギターの音も存分に聴くことができ、4曲目に続いてアルバム序盤のドロドロした流れから徐々に解放されていくようです。
Christianの歌は独特の癖を残しながらも表情を少しばかり抑えていて、演奏から浮くこともなく上手にムードを演出していると思いました。
歌が全て終わった後の後半部分では演奏がアグレッシブになり、Jean Michel Brezovarによる長いギターソロも聴くことができます。まるで前半とは別の曲のようですがここも十分に聴き応えがあります。
La bataille de sucre / La colère des dieux
邦題は「砂糖戦争」。前の曲の後半の流れに乗って動きのある曲が続くのかと思いきや、序盤の3曲の流れを汲むような不穏で濃い楽曲が配置されています。
アルバムの中でも特に劇場的なトラックで、エフェクトによるこもった響きのボーカル、ベースとユニゾンしたエレクトリックピアノと思われる奇怪なリフが特徴的です。
Christianのボーカルは沈みがちで、モノローグでは感情豊かに語っています。彼以外にも男一人と女一人、合わせて三人分の声が登場しますがそれぞれがどういう役割を担っているのかはわかりませんでした。物語がわかれば意味もつかめるはずです。
この曲も後半で前半から曲調が変わるのですが、インストパートはそれぞれの楽器が全く噛み合っておらず、それによって生まれる不協和音によって効果的に不安を掻き立てます。この部分はかなりよくできていると思いました。
Fils de lumière
邦題は「光の子」。壮大ながらどこか笑えるような始まり方と妙にトーンが高く気の抜けたようなボーカルが特徴的。ヘンテコ系の楽曲といえると思います。暗い曲ではありませんが明るいとも言い切れないような独特の空気に包まれています。
本アルバムは全体的に見れば笑いに変わる寸前の過剰なシリアスさに支配されているのですが、この曲の場合はどこ聴いても少しダサいというか、思わず笑みがこぼれるような音に溢れています。
Au-delà du délire
邦題は「錯乱の果てに(新ノア記)」。前曲のフェードアウトの中で始まる最終曲はアルバムタイトルを冠していて、アルバム中で一番長く9分あります。アルバムの終曲にふさわしい楽曲です。
アコースティックギターの演奏と少し後ろに退いたボーカル、そしていくらかデジタル風のキーボードとタンバリンがメインとなる前半部の響きは今までにないオーラを帯びており、異国風にも聞こえます。
ボーカルがヒートアップし狂ったように声をひっくり返して笑うとこのマーチ風の演奏は退いていき、聴き手は突然大自然の真っ只中に立たされます。
何が起こったのかと思っていると例の大仰なキーボードが再びバンドの演奏を連れてきます。ここからが本当のクライマックスです。
5曲目のExodeで聴いたものよりももっと自由なギターソロが思う存分に歌い始め、本楽曲の最大の聴きどころを迎えます。このあたりを聴くとシンフォニック系のバンドらしさが感じられるはずです。
ギターソロが3分ほど続いたところで朝が来たように動物や鳥の鳴き声が聞こえてきて、それと反比例するようにバンド演奏は消えていき、再び大自然の中へ。このままフェードアウトでアルバムが締めくくられます。
まとめ
私はプログレの新鋭バンドたちに興味を持つようになってから古いプログレをあまり聴いておらず、さらにプログレというキーワードにこだわって音楽を聴いているわけでもないのでむしろ違うジャンルから好みのものを愛聴することも頻繁にあります。そんな中でプログレッシブロックの古典として私が名作だと思っている作品の一つがこのアルバムです。
このアルバムを手に入れたのは2015年のことですが当時はそこまで強い印象がなく、のちにスイス出身ながらフレンチ・シアトリカル・ロックの流れを汲むGalaadなどのバンドにハマり始めてからAngeの凄さに気付くことになりました。1974年作という古めのアルバムですが今聴いても強い感動を覚えます。