ロシアの新鋭プログレバンドLittle Tragediesのアルバム“At Nights”(2014)のレビューです。
目次
Little Tragedies
Little Tragedies(ロシア語名: Маленькие трагедии)は、ロシアのサンクトペテルブルク近郊の街クルスク出身のロックバンドです。
メンバーは次の通り。
Геннадий Ильин (Gennady Ilyin) – キーボード・ボーカル
Олег Бабынин (Oleg Babynin) – ベース
Юрий Скрипкин (Yuri Skripkin) – ドラム
Александр Малаховский (Alexander Malakhovsky) – ギター
Алексей Бильдин (Aleksey Bildin) – サックス
キーボードとボーカルを担当する中心メンバーГеннадий Ильинは、チャイコフスキー・プロコフィエフ・ショスタコーヴィチなどロシアの有名な作曲家を輩出したサンクトペテルブルク音楽院の出身です。彼がバンドの作曲を担当しています。
歌詞は主にロシアの詩に基づいており、Little Tragediesというバンド名もロシアの大作家プーシキン(Александр Пушкин)の作品名をそのまま使用したものです。
Little Tragediesの歴史
Little Tragediesは1994年に結成され、現時点でバンドのディスコグラフィとして扱われているのは11枚です。
2000 Porcelain Pavilion (Фарфоровый павильон) ※Геннадий Ильинソロ
2000 The Sun of Spirit (Солнце Духа) ※Геннадий Ильинソロ
2005 Return(Возвращение)
2006 New Faust (Новый Фауст)
2006 The Sixth Sense (Шестое чувство)
2007 Chinese Songs (Китайские песни)
2008 Cross (Крест)
2009 Paris Symphony (Парижская симфония)
2009 The Magic Shop (Волшебная лавка)
2011 Obsessed (Одержимый)
2014 At Nights (По ночам)
初期はほとんど作品を発表していませんが、このリリースペースを見るとГеннадийが多作家であることがわかります。
Little Tragediesの音楽性
バンドの中心は紛れもなくГеннадийで、一言で表すなら彼の派手な演奏を中心としたキーボードプログレです。しかし、そういった類の他のバンドとは雰囲気が明らかに違います。
文学をテーマにしていることからも窺えるように繊細で幻想的なサウンドを特徴としていて、さらに音自体がかなりヘヴィなのでキーボードの一人舞台という印象を全く与えません。
時にはクラシック音楽の名門大学出身という肩書きにふさわしい美しいピアノ中心の曲も披露してくれます。私は個人的にキーボードプログレをほとんど聴きませんが、それでもLittle Tragediesの音楽は好きです。
Геннадийはキーボードだけでなくボーカルも担当しており、このボーカルがロシア語によるシアトリカルな歌唱のためこれもバンドの特色となっています。
それでは2018年時点での最新アルバム“At Nights”を紹介していきます。
トラックリスト
1. At Nights (По ночам) – 11:59
2. In the Library (В библиотеке) – 4:52 ★
3. Forest. Darkness… (Лес. Темно…) – 3:15 ★
4. Dawn (Рассвет) – 4:54 ★
5. Comrade (Товарищ) – 9:42
6. Sekhmet (Сехмет) – 6:26 ★
7. Late Autumn Time (Осени поздней пора…) – 4:39 ★
8. Spring Chatter (Весенняя болтовня) – 2:58
9. Walking Stick (Посох) – 7:55
10. There Are Many Good Things in the World (Много есть хорошего на свете…) – 4:07 ★
各曲レビュー
At Nights
マクシミリアン・ヴァローシン(Максимилиан Александрович Кириенко-Волошин, Maximilian Alexandrovich Kirienko-Voloshin)の詩より。
アルバムタイトルを冠した12分に及ぶオープニング曲です。冒頭からかなりヘヴィなインストが聴け、Геннадийのキーボードが縦横無尽に駆け回ります。
キーボードだけでなくコード進行も興味深く、さらに少しずつ上昇していくような流れが多いので頻繁にテンションの上昇が感じられます。
キーボードだけでなく他の楽器の演奏もかなりスピーディーで重く、曲全体がスリリングに聞こえます。特にギターとドラムの音はヘヴィロック・メタルで使われているようなものとほとんど変わりません。変拍子も多彩で、アルバム中では一番プログレ然としています。
曲が始まって5分ほど経つとようやく歌が始まります。Геннадийはキーボーディストとしてだけでなくボーカリストとしても特徴的で、常にシアトリカルに聞こえる上に誇張したようなロシア語の発音が不思議です。私は好みのタイプだなと思いました。
この曲を聴くとやはりLittle Tragediesが他のキーボードプログレと異なっていることが感じられます。そもそも私自身がキーボードプログレをあまり聴かないので確実なことは言えませんが、ここまでヘヴィなものは他にあまりないはずです。
アグレッシブでとても素晴らしい曲なのですが、その分感情が入る隙間はあまりないかなという印象も同時に受けました。
In the Library
ニコライ・グミリョフ(Николай Степанович Гумилёв, Nikolay Stepanovich Gumilev)の詩より。
ピアノの音色が美しい、弾き語りスタイルに近い曲。テンポも一定でなくクラシック音楽のように場面によってはタメがあります。
このような静かな曲ではよりГеннадийの歌のクセが際立つため平坦な印象は全くなく、5分未満という曲のサイズと神秘的なムードによって名曲に仕上がっていると思いました。
また、Геннадийはクラシックの名門で学んでいたこともありピアノの使い方にかなり慣れているらしく、かなり自然に聞こえます。
後半では少し音が足され寂寥感がさらに増しており、ドラムこそ使われていませんがただのピアノ弾き語りでは終わりません。まさに文学的な音楽といえるでしょう。
Forest. Darkness…
アレクサンドル・ヤーシン(Александр Яковлевич Яшин, Alexander Yakovlevich Yashin)の詩より。
タイプ的には2曲目の”In the Library”に近いものがあります。楽器もピアノの割合が多いです。しかし最初から割とテンポが速く動きがあり、途中からドラムも入ってキーボードの多彩な音が曲を盛り上げます。しかし最後まで上品さを失わないところがLittle Tragediesらしいかなと思いました。
“In the Library”のようなミステリアスさを感じました。まるで魔法使いが演奏しているようで、Little Tragediesの音楽の中でかなり好きなスタイルの曲です。
Dawn
グミリョフの詩より。
系統は2曲目の”In the Library”や3曲目の”Forest. Darkness…”と同じだと考えて良いと思いますが、この楽曲では冒頭からエレキギターが使われています。個人的にボーカルが入るパートでのこのピアノとエレキギターの融合が大好きです。
雰囲気は哀愁に満ちており、特に一旦歌のパートが終わり静かになるところで聴けるピアノのフレーズがとても綺麗です。それを過ぎて後半になると音が映画で使われそうなほどダイナミックになり、なおかつその哀愁を保ったまま強力な音が耳に流れ込んできます。
最後にはまた前半の雰囲気が戻ってきますが少しロック的な音の割合が増えており、特にボーカルに呼応して挿入される階段のように駆け上がるギターフレーズが素敵だと思いました。
Comrade
グミリョフの詩より。
大人しめの曲が3曲続きましたが、ここでは意表をつくようにいきなり高速キーボードがリードするプログレ的インストで始まり、再び1曲目の”At Nights”のような音楽が帰ってきます。曲の長さも10分に迫ります。
イメージ的には”At Nights”よりもキーボードの演奏が強調されていますが、それでも全体的に十分ヘヴィであり退屈することなく楽しめます。
曲が始まってから3分以上経ってやっと入るボーカルパートでは、ピアノの音もよく聴くことができます。しかし全体的に賑やかな曲で、シンフォニックロック的な響きが強いです。
個人的にはどちらかというと2-4曲目のようなタイプが好みなのですが、文学的なテーマにも関わらずアルバムのアクセントとしてこのようなスリリングで思い切りプログレッシブな曲があるのが良いなと思いました。変拍子はかなり多様に使われていますがここまでくるとあまり気にならなくなってきます。
Sekhmet
ヴァローシンの詩より。
このアルバムで最もピアノが綺麗な曲。よく作られています。曲の後半の3分半くらいは完全にピアノの独奏で、美しいの一言に尽きます。
Late Autumn Time
中国の詩人柳永の詩より。
2-4曲目の雰囲気を受け継ぐ曲で、さらに悲しさが増しているように思います。ピアノの音もシンセ的な音もバランスよく使われており、少し音の量が過剰な気もしますが素敵な曲です。
Little Tragediesは”Chinese Songs”というアルバムも発表していますが中国の詩にまで手を出しているようで、文学・特に詩への愛情が強く感じられました。
Spring Chatter
ヤーシンの詩より。
3分という短い曲ですが、アルバムに収録されている他の曲とはかなり違ってリズムが一定ではっきりしています。前半はボーカルがメインとなりますがその後は様々な楽器による(恐らく全てシンセで演奏されていますが)演奏が流れていき、このあたりの音には少し軍隊のようなイメージもあります。
Walking Stick
詩の作者を調べていたのですがバンドの公式サイトの「Чжу Дуньжу(1149-?)」という表記以外に手がかりがなかったので、 中国人のルームメイトに向かって”Чжу Дуньжу”をそのまま読み上げ「こんな名前の詩人知ってる?」と聞いてみました。恐らく朱敦儒という詩人のことだと教えてくれましたが、証拠は見つけられませんでした。
楽曲自体が8分近くあるのでまた1曲目の”At Nights”や5曲目の”Comrade”系の曲かと思いきやいきなりピアノの静かな演奏で始まり、やがてそれにボーカルが乗ります。ここでは憂鬱さと同時に純粋さが伝わってきます。
突然2曲目の”In the Library”で使われていたイントロのフレーズが流れ、このあとようやくプログレッシブなインストパートに突入。ここでのギターはアルバム中で一番ヘヴィなのではないでしょうか。かなり極端なディストーションがかかっています。
後半になると急にファンファーレのようなフレーズが使われ、少しポジティブな方向へ曲の雰囲気が変わっていきます。もうボーカルに戻ることはなくどんどんテンションを上げていき、なんと珍しいことに明るく終わります。
There Are Many Good Things in the World
ヤーシンの詩より。
どこにでもありそうなピアノのイントロに驚かされますが、ここまでかなり内容の濃いプログレを聞かされてきた結果このようなベタなメロディすら安心感を与えてくれます。
そしてこの曲は4曲目の”Dawn”とリンクしているようで、”Dawn”で流れたフレーズを再び聴くことができます。
優しいピアノに乗るボーカルは静かながら希望を感じさせます。タイトルもそういう感じですが、アルバム中一番幸せな曲ではないかなと思いました。
曲は実質3分ほどで終わり、それからアルバムのエンディングのように子守歌のような優しい音が流れます。
まとめ
このアルバムを買った理由は単純に当時売れていたからなのですが、買って良かったと思いました。このアルバムを聴いた後Little Tragediesのアルバムを全部聴きたいという気持ちになりましたが、アルバム数も多くまだそれは実現していません。
なお、歌詞カードには詩の英訳しか載っておらず、実際にロシア語でどういう歌詞になっているのか調べることができなかったのが唯一残念な点です。
キーボードプログレが得意でなくても楽しめる音楽を作るLittle Tragediesは作品を作るペースも割と速いようなので、次作にも期待したいです。