リトアニアのフォークロック/ネオフォークバンドAistė Smilgevičiūtė ir SKYLĖのコンセプトアルバム“Dušelės”(2016)のレビューです。
目次
Aistė Smilgevičiūtė ir SKYLĖのアルバム”Dušelės”
Dūšelės(ドゥシャーレス)はリトアニアのグループAistė Smilgevičiūtė ir SKYLĖ(アイステ・スミルゲヴィチューテ・イル・スキレー)が2016年に発表したアルバムで、完全新作ながらライブ録音です。
CDは2枚組デジブック仕様で1枚目がライブ、2枚目はリトアニアの同業アーティストたちによる収録曲のリミックス集ですが、2枚目はあくまでおまけという感じでした。
ブックレットには歌詞(リトアニア語)とライブ写真に加え、アルバムのコンセプトとストーリーに関する文章(英語対訳つき)が添えられています。
“Dūšelės”のテーマはこの世とあの世の間の魂の旅で、古代リトアニアの遺産である無数の塚をシンボルとしています。公式英語タイトル”Souls”は直訳です。
このアルバムは、2015年10月10日に森の中で行われたコンサートを録音したものです。コンサートは観ていませんが、2017年3月にリトアニアを訪れた際に会場に行くことができたので撮影しました。
木ですね。
トラックリスト
1. Gyvatės Marškiniai (The Snake’s Skin) – 5:57
2. Eit Sesulė Vandenėlio( The Sister and the River) – 5:51 ★
3. Nėr Kur Dūšelei Dėtis (No Place for a Soul) – 5:48 ★
4. Man Toli Iki Tavęs (You Are Far Away) – 5:20 ★
5. Pilkapių Sniegas (Snow) – 5:54 ★★
6. Vėlių Daina (The Song of Souls) – 3:59 ★
7. Dūšios gyvačių akim (Snake-eyed Souls) – 6:44 ★
8. Žvakės ant vėžių nugarų (Candles on Crayfishes’ Backs) – 5:37
9. Devynerius metus (Nine Years) – 4:58 ★★
10. Pūsk, vėjau (Blow, O Wind) – 6:36 ★
(公式で英語タイトルを添えてくれるのはありがたいですね。)
各曲レビュー
Gyvatės Marškiniai
速くも遅くもない3拍子系。暗闇から浮かび上がるような神秘的な始まり方で、フルート・コーラス担当のKęstutis Drazdauskas(カストゥティス・ドラズドウスカス)が演奏していると思われる口琴の奇妙な音が響きます。
ボーカルはSkylėのリーダーでアコースティックギター・ボーカル担当のRokas Radzevičius(ローカス・ラヅァーヴィチュス)から。普段はAistė Smilgevičiūtė(アイステ・スミルゲヴィチューテ)の歌でアルバムが始まることが多いので、今までの作品を知る人にとっては新鮮です。
彼はAistė加入以前リードボーカルをしていましたが、ソロパートが聴けるのは1, 2曲目だけです。
サビをコーラスで盛り上げる男4女4で計8人組のボーカル・グループBaltos sielos(バルトース・スィアロス)は、このアルバムの民謡的な雰囲気を支える要であり、Skylėのディスコグラフィの中でこの作品を特徴づける重要な要素となっています。
私は発売前から待っていたので珍しくブックレットを見ながら正座し緊張・集中してアルバムを再生しましたが、今までにないサビの大仰さに圧倒されました。秘儀的怪しさを漂わせながらもエレキギターを大胆に使っていて、響きは現代的です。この音作りも良い感じです。
Eit Sesulė Vandenėlio
これも3拍子系ですが、1曲目よりかなりゆったりで哀愁が漂っています。単純で短いメロディがひたすら繰り返される民族音楽的な雰囲気が素敵です。
この曲のボーカルは1曲目では登場しなかったAistėからで、このアルバムで初めてSkylėを聴く方にとってはここではじめましてとなります。
歌メロは1曲通して基本的に一緒です。これがコーラスと演奏の変化のみによって展開していき、十分に盛り上がるとエレキギター担当のEnrikas Slavinskis(エンリカス・スラヴィンスキス)によるソロが入ります。
民謡寄りの曲にここまで感傷的で泣けるソロが組み込まれているのは少し不思議な感覚です。歌詞はリトアニア民謡から。
Nėr Kur Dūšelei Dėtis
2曲目と同様に歌詞に民謡を使っていますが、さらに民族音楽色が強い舞踊的な曲。AistėとRokasの声が一番よく聞こえますが、ソロパートが一つもなく全てコーラスです。
お得意の手法ですがKęstutisのフルートと鍵盤楽器担当のMantvydas Kodis(マンドヴィダス・コーディス)によるアコーディオンのコンビネーションによるイントロが耳に残ります。
明るいのか暗いのかわからないまま気付くと自分も踊りの輪の中にいる魔術。ちなみに、この曲は小節ごとに拍子が変わるタイプのようで、初めて聴いたときはついていけず迷子になりました。
Man Toli Iki Tavęs
唯一普段のSkylėのアルバムに入れても大丈夫そうな曲です。Aistėによる作詞です。音数が少なく静かなバラードで、アルバム中唯一Baltos sielosが参加していない曲でもあります。
最後のサビでAistėが歌詞を間違えたのか一瞬もたつく場面があるのが気になりますが、逆を言えばアルバム中で他に気になるミスがないため、ライブアルバムとしては驚異的な完成度であるといえます。心に沁みる素敵なバラードですが全体の中での印象は薄めです。
Pilkapių Sniegas
アルバムの核になるスローテンポの曲。シンプルな構造とコーラスのリフレインが神秘的です。後半少し動きがついてクライマックスに達する部分はなかなかドラマティックで良いと思います。
こちらはコンサートから、Pilkapių Sniegasの公式動画。残念ながらスライドショーですが雰囲気は伝わってきます。ライトアップされた例の木が怪しくも綺麗ですね。
Vėlių Daina
3拍子でコーラスを中心に据え、複雑な構造を排して民謡的イメージを強調した本作の雰囲気を象徴する曲。幽玄の味わいがあります。長さも4分に届かず作品中一番短い曲です。
Dūšios gyvačių akim
この曲はアルバムの中では異彩を放つカッコいい系で、しかもボーカルはAistė中心で、気合の入った力強い歌唱を見せてくれます。
Skylėの楽曲は元々彼女の声を中心に据えたものが多いのですが、”Dūšelės”ではコーラスの出番が多い分彼女の声を堪能できる曲が少ないため、その意味ではハイライトと言えます。
馬が駆けるように疾走する曲で、エレキギターが高速で同音連打をするなどロック色を前面に押し出した音になっていますが、印象がメタルほどきつくないのがポイントです。
コーラスも大仰でメタルバンドが演奏したらシンフォニックメタルにしか聞こえなくなるような曲ではありますが、そもそもヘヴィな音をほとんど使わないSkylėの演奏ではそこまで徹底した響きにならず、ゴリゴリのメタルをあまり聴かない私でも楽しめました。初めて”Dūšelės”を聴いたときに一番衝撃を受けた曲です。
Žvakės ant vėžių nugarų
一番つかみどころのない曲で、テンポはかなり遅く7曲目の熱を冷ましてくれます。滲んだサウンドで遠くから響いてくるようです。この曲でやっとAistėが民族音楽的スキャットを聞かせてくれます。
Devynerius metus
5曲目の”Pilkapių Sniegas”からのメロディもリプライズ的に登場する、アルバムのクライマックス的な曲。
他の曲の例に漏れず基本的にはフレーズの反復でできていますが、今までのように民謡的な響きを持たせるのではなくもっと変化をつけることでより劇的でクライマックスにふさわしいものになっています。Aistėのソロも多めです。
最後のサビからアルバムのまとめ役となる”Pilkapių Sniegas”リプライズへ繋ぐ大事な部分を担うギターソロは位置も内容も文句なしで、グループ史上最高かもしれません。7曲目の”Dūšios gyvačių akim”のソロも大好きなのですが。
Pūsk, vėjau
前曲を終えての静寂の後風の音が流れ、エスニックモードのAistėがリードするエンディング曲へ。これは安心の民謡バラード。バッキングのギターのフレーズが音色・強調具合ともに特に素晴らしいと感じました。
おまけとまとめ
さて、作品の紹介は以上です。興味があればぜひ全編聴いていただきたいです。なお、”Dūšelės”の楽曲は今後のコンサートでも他のレパートリーに混ぜて演奏するとのことです。
Skylėは個人的に思い入れもあり大好きなアーティストなので、もう少し付け加えたいと思います。
Skylėの第一の魅力はもちろんAistėの歌です。表現力・声質・音声の美しさの全てを持ち合わせた国民的実力者の存在は大きいです。
生での歌唱力も本作が保証していますが、個人的にスタジオ録音を聴いたときに特別な印象を受けます。というのも、声色の使い分け、強弱から言葉の発音に至るまで、全てが必然的で常にベストな表現をしているように思えるのです。これほどの説得力を持ったボーカルは稀有だと思います。
また、リトアニア語は元から美しい響きを持っていますが、Aistėのリトアニア語はリトアニア人の中でも群を抜いてきれいだと聞きました。
私はただの大学生ですが実は一度Aistėさんにお会いして10分程度お話させていただいたことがあります。上品な話し方や佇まい、有名人ながらもあくまで控え目な振る舞いにとても好感が持てました。
第二の魅力はリーダーのRokasのアーティスト性です。
Aistėの旦那さんでもありSkylėの作詞・作曲で一番多くの割合を占める彼は2m近く見える長身と女性並みの長髪、個性的な形のギターを弾きながら歌う姿がカッコいいのですが、何よりもプロデュース面で芸術的才能を発揮しています。
Skylėが曲を作って発表するだけにとどまらないのはRokasのおかげです。彼とも別の機会にお話できましたがやはりとても素敵な方でした。
彼の詞は多くがリトアニアの伝説に基づいていて、哲学的でとても深い内容を持っているそうですが、残念ながら私のリトアニア語の知識ではそこまでたどり着けません。
思い入れから記事が長くなってしまいましたのでここで終わりにします。