Marillion: “F.E.A.R.” アルバムレビュー

イギリスのプログレッシブロックバンドMarillionのアルバム“F.E.A.R.”(2016)のアルバムレビューです。

Marillionの来日

2017年の来日では私はポーランドにいたので観に行くことができませんでした。そして2018年もようやく日本に帰る頃だったので行けませんでした。それでも、Marillionがなんと2年連続で来日しています。

前回の来日は23年前とのことですが、1994年といえばBraveの時ですね。この時もまだ生まれていなかったせいで残念ながら参加できませんでした。

Fish時代の1986年にも来日しているそうで、この時は当時の最新作”Misplaced Childhood”を演奏したと聞いてとてもうらやましくなりました。大好きなアルバムなので。

Marillionのアルバム”F.E.A.R.”

Marillion(マリリオン)はイギリスのプログレッシブロックバンドです。プログレッシブロックは1970年代に全盛期を迎えましたが、その流行が終わった後に出てきてこのジャンルを復活させたのがMarillionです。

現在ではプログレ界の大御所となっています。

“F.E.A.R.”というアルバム名は”F*** Everyone And Run”の略で、とても挑発的なタイトルを冠したこのアルバムはMarillionのスタジオアルバム18作目にあたります。

マリリオンの初代ボーカリストFishが脱退してSteve Hogarth(スティーヴ・ホガース)が加入してから数えてもすでに27年目・14作目となり、マリリオンはFish時代を抜きにしたとしても相当なベテランバンドといえます。

F.E.A.R.は組曲が3曲、小品が3曲という大胆な構成を持ち、歌詞には政治的・社会的メッセージが含まれているという気合の入ったアルバムです。しかし、音を聴いてみるとやはりいつも通りのマリリオンを楽しむことができます。

トラックリスト

El Dorado
1. Long-shadowed Sun – 1:26

2. The Gold – 6:13
3. Demolished Lives – 2:23
4. F E A R – 4:08
5. The Grandchildren of Apes – 2:35

6. Living in F E A R – 6:25

The Leavers
7. Wake Up in Music – 4:27
8. The Remainers – 1:34
9. Vaper Trails in the Sky – 4:49
10. The Jumble of Days – 4:20
11. One Tonight – 3:56

12. White Paper – 7:18

The New Kings
13. Fuck Everyone And Run – 4:22
14. Russia’s Locked Doors – 6:24
15. A Scary Sky – 2:33
16. Why is Nothing Ever True? – 3:24

17. Tomorrow’s New Country – 1:47

各曲レビュー

El Dorado

伝説の黄金郷をタイトルにした組曲です。

オープニングとなるパートIはアコースティックギターとボーカル主体で、微睡の中にいるようなゆったりと穏やかな空気を帯びた曲です。

ここからノンストップで続く、The Goldをタイトルに冠したパートIIは単体でもある程度長さを持つマリリオン特有の静かで湿った音楽ですが、いつもより一段階暗いためこのアルバムのテーマに対する真剣さが伝わってきました。

パートIIは特にマリリオンらしいムードが感じられ、展開も自然なので気に入っています。しかしどうしても組曲から切り離して聴くことはできないような気がしました。

なお、Steve Hogarth(スティーヴ・ホガース)のボーカルは年々味が増しているように思います。バンド加入当初のSeasons Endなどのアルバムを聴くとかなりスタイルが変化しているのが感じられますよね。

このアルバムは音楽作品ながら社会、特に自分たちのイギリスに対する問題提起であり、歌詞を無視して聴くわけにはいきませんね。このあたりは国内盤のライナーをはじめすでに色々なところで語られていると思いますが。

パートIIIはThe Goldの最後で溜まった熱を冷ますような楽曲ですが、このアルバムは各トラックが独立しているわけではないのでこういうタイプのトラックも多いです。

後半は少し空気が変わるので、このパートは恐らくこの組曲のメインであるパートIIとパートIVの橋渡しの役割を担っているともいえます。

この組曲中ではパートIVが一番ダークに聞こえます。Steve Rothery(スティーヴ・ロザリー)による湿度満点のギターの演奏も思いっきり不穏で好きです。ホガースのボーカルに注目してもEl Doradoで一番盛り上がるのはこの後半部分でした。声色も影が強調されています。

展開も決して目まぐるしく変わることはなく、1トラックを通して雰囲気が一貫した中で徐々にクライマックスに向かって緊張を高めていく進め方は上手だなと思いました。

パートIVの緊張感は最後の最後で急にしぼみ、そのまま突入する短いパートVは落ち着きを取り戻したようです。それでも、組曲を締める若干ポジティブともとれる歌詞は無責任に希望を与える言葉ではなく、結局自分たち次第であるということを意識させているように感じました。

Living in F E A R

ミュージックビデオです。

組曲ではありませんが、充実した内容をコンパクトにまとめた楽曲だと思います。

強い社会批判メッセージを持ったこのアルバムの中でも特にピンポイント攻撃と皮肉がこめられています。

曲調は非常にキャッチーながらも、マリリオンらしい独特の感じが漂います。

最後の方でホガースの声に合わせて合唱が重なる部分以外は本当にいつも通りのマリリオンに聞こえます。特にSteve Rothery(スティーヴ・ロザリー)のギターはまさにこの人の音だなと思いました。

初期はかなり安定した声で歌っていたホガースも年齢とともに声がかすれてきていて高音部でそれが顕著ですが、むしろそのおかげで味のある歌声になったような気がします。

The Leavers

この組曲はツアーをして生きるバンドの視点を絡めて作られていますが、全体的にインスト部が秀逸だと思います。The Leaversはバンドで、The Remainersは各地のファンですね。

パートIは都会的・近未来的な音が特徴的で、最初に出てくるモチーフは歌が入ると背景に移動するものの一種のリフとして使われています。

この曲のサウンドはマリリオンの音楽性の幅を感じさせました。このアルバムに入っていれば何も驚くことのないような曲ですが、今までこういう曲はなかったはずです。

歌メインの短いパートIIは曲調こそ異なるものの、パートIと同じように都市の夜を連想させます。しかしこの曲もEl DoradoのパートIIIのように橋渡し的な意味合いが強いかなと思いました。

パートIIIに入ると突如このアルバムではあまり見られないポジティブな演奏が飛び込んできたので逆に驚いてしまいました。ロザリーのギターを聴くといつものマリリオンだなと思えるのですが、このアルバムでは意外に感じるでしょう。

そんなパートIIIも後半になるともうそれが嘘のように静まってしまうのでバランスは保たれていると思います。ここの落差にも驚かされるかもしれません。まるでBGMのようです。

パートIVはロザリーによる2つの長めのギターソロがドラマティックに彩る楽曲です。音の湿度も高めでとても良かったです。FEARはコンセプトアルバムですが、このあたりは音楽的に普段のマリリオンよりわかりやすいかもしれません。

パートVはパートIVの空気を少し受け継いでいて、陰気さはあまり感じさせません。前半はホガースの静かなボーカルに寄り添うピアノの伴奏が美しく、後半ではバンド全体で壮大な音を演出しています。

これがアルバムの終曲として使われていても不思議ではないくらいです。再びロザリーの素晴らしいギターソロが流れるのですがこれは聴きどころ。The Leaversの最後の2つのパートは特に感動的ですね。

White Paper

トラック単位では最も長いです。組曲に比べると短い時間の中で完結しているためか聴きやすく、音からはなんとなく普段のマリリオンを感じました。

冒頭は眠気を誘うような静かな演奏なのですが、マリリオンのこういうタイプの曲には味があり全く飽きさせません。徐々に暖かい曲想に変わっていき、音に優しく包まれたような感覚になるはずです。

この曲はほぼ全ての音が美しく、ホガースがフロントマンになってから雰囲気重視の音楽を追求してきた結果到達した境地なのかなと思わず考えてしまいました。マリリオンの新たな名曲と言えるかもしれません。

The New Kings

パートI全部とパートIIの前半が聴けます。

パートIは衝撃のタイトルですが、この色々問題のあるタイトルをそのまま出さずに頭文字から作ったFEARという単語の方をメインに宣伝しているあたりは上手いなと思いました。

わかりやすいフレーズこそないのですが、このFEARというある意味特殊なアルバムの曲なので何ら驚くことはありません。空気を慎重に紡ぎながらじっくりメッセージを伝えていくスタンスがとりわけ強く感じられました。ここまでの組曲にもあったように後半に向けてじっくりと温度を上げていく展開がここでも見られます。

パートIIのタイトルもかなり直接的で、しかも出しているのが自国の名前ですらないので少し問題があるのでは?と思いましたが、今のところ大丈夫そうですね。組曲の1パートとして据えられている楽曲の中では一番長いものがこれです。

輪郭のぼやけたような音像の曲がアルバムに多い中で、この曲の冒頭では少しばかり決然とした雰囲気が感じられます。そしてそれ以降の部分では今回のマリリオンの音作りへのこだわりが十分に伝わってきました。

後半のホガースのボーカルは、分量こそ多くありませんが大事なところを押さえていて印象に残るものとなっています。Mark Kelly(マーク・ケリー)のキーボード演奏に支えられて主役を飾るロザリーのギターソロにも注目です。

組曲は3つありますがThe New Kingsはとりわけ挑戦的な姿勢をとっているイメージです。

パートIIIは静かに聞かせていますが、ここでも歌っている内容は濃いです。そこから連想されるものが一つにとどまらないあたり。、やはり物騒な世の中だなと思わされます。このような深刻なメッセージをこんなに静かで落ち着いた曲に乗せて届けるマリリオンはやはりベテラン的な風格をまとっています。

パートIVはアルバムでも最後から2トラック目にあたり、本当のクライマックスになります。

強めのサウンドで集中的に訴えかける作りのおかげで、シリアスで収録時間も短くないタフなアルバムをここまで聴いてきた状態のリスナーにもしっかり届くかなと思います。アルバム中で一番密度が高いのは間違いなくこのパートでしょう。

この大事なトラックで絶望を叩きつけるような歌詞を使って少々ヒステリックにそれを歌っていることから察するに、テーマに対してバンド自身または少なくともこれを書いたホガースはかなり悲観的なスタンスをとっているのかもしれません。だからこそアルバムを作ったのでしょう。

Tomorrow’s New Country

El DoradoのパートIと同じく2分に満たないシンプルなボーカル曲で、意味深なメッセージを残してアルバムを締めくくります。

伴奏のメインはピアノ。アルバムの最初のトラックもアコースティックな味わいのある静かな小曲だったので、これらは意識した上での配置なのかなと思いました。

まとめ

「Braveに並ぶマリリオンの最高傑作」という文言については聴く人によるとしか言えませんが、テーマの明確さ・気合の入り方という点でBraveに並ぶ、という意味で捉えるなら納得できる作品でした。

Braveもそうなのですが少し重すぎるため、集中した状態で何度も繰り返し聴くのには向かないかもしれません。ですがこの作品を聴いて、これだけのものを作れるマリリオンがずっと広く評価されていないのはなぜだろうという気持ちが一層強くなりました。

そんな作品です。私はマリリオンの新しいディスコグラフィにふさわしいアルバムとして歓迎しました。

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