Versailles: “Don Giovanni” アルバムレビュー

フランスのシアトリカル系プログレッシブロックバンドVersaillesのアルバム“Don Giovanni”(1991)のレビューです。

Versaillesのアルバム”Don Giovanni”

90年代フランスではMUSEAレーベルからたくさんプログレ作品が発売されていていました。そのうちスイスのGalaadなどは大好きなのですが、同じく面白いと思ったのが1991年発売でこのフランス出身のVersailles(ヴェルサイユ)のアルバム“Don Giovanni”(ドン・ジョヴァンニ)です。

日本のビジュアル系バンドVersaillesとは別物なのでご注意ください。

完成された作品を求める方には向きませんが、B級的魅力に富んだアルバムで私は好きなので今回ご紹介します。

Versaillesが残したアルバムは4枚で、この“Don Giovanni”は2枚目にあたります。3rdと4thはこのアルバムよりさらに大作志向が強くなっています。

このアルバムのアートワークもかなりあれですが3rd, 4thになると3倍くらいすごいことになっていました。悪趣味な方向に走っていました。

では中身に入ります。今回のアルバムはツッコミどころが多すぎるのでそこも拾っていこうと思います。その結果として、丁寧さを心がけている普段の紹介とは違うスタイルになってしまうと思いますが全体的には褒めてます。好きなアルバムなので。

トラックリスト

1. Hybridité – 11:46
2. Erre au Fil des Ères – 9:56
3. Don Giovanni – 15:30
4. Subtiles Délicatesses – 2:19
5. Memoires d’Hécatombes – 13:41
6. Drama – 3:21

各曲レビュー

Hybridité

なんといきなり10分超えの大曲を持ってきました。

最初から「妙にシンフォニック・陰気・シアトリカル・不安定なリズム」の4点が気になります。良い方向に行くか悪い方向に行くかはこの時点ではわからずとも、ちょっとヤバいものを手に取ってしまったなという気分になるはずです。

まずは各メンバーの演奏を見ていきます。

ボーカルは男性でフランス語。声質自体は言及するほどユニークではありませんが、少し苦しそうに歌うところがツボでした。Guillaume de la Pilière(ギヨーム・ドゥ・ラ・ピリエール)という人です。

ギターボーカルとさらにフルートを担当していて、Versaillesのギターは彼一人です。フレンチ・プログレの先輩にMona Lisaというバンドがいますが、Mona Lisaの再結成時にメンバーに入っていたそうです。

彼のギターは歪ませすぎな音が基本。歌もかなりハードなはずですが積極的に弾いています。

ベースはこのバンドで一番目立っているかもしれません。Olivier de Gency(オリヴィエール・ドゥ・ジョンシー)という名前で、この人のベースはリッケンバッカーユーザーと思われるゴリゴリ系の演奏です。

独特の音色だけでなく音量の大きさ・演奏(譜面)の派手さも相当なもので、アルバムを聴いていると常に耳にアピールしてきます。

キーボードのAlain de Lille(アラン・ドゥ・リール)は70年代プログレ風の音が好みらしく、バンド全体の音は少なからずヘヴィなのですがこの人がいることでやはりプログレを意識したバンドなんだなと思わせる雰囲気が出ています。

ドラムはBenoit de Gency(ベノワ・ドゥ・ジョンシー)という人です。この人もベースと同じように派手な演奏をする一方リズムは危うく、このリズム隊を抱えるVersaillesの演奏は少し曲が盛り上がると常に崩壊寸前です。しかしVersaillesのような音楽の場合はその危うさが魅力ともいえるので結果的に良いドラマーということです。

それでは”Hybridité”の解説に戻ります。

大作なので色々な場面が聴けますが、構成的にはあまり統一感が感じられません。

このアルバム全体に言えることですが、バランスや完成度よりも演奏そのものから伝わる熱を楽しむタイプだと思います。

それぞれのパートはなかなか印象的で、やはり演奏技術の甘さや録音環境からくる音響面での難点はあるのですが、そういった点がこのバンドの持つエネルギーを邪魔しているようには感じませんし、少し古くさくてシアトリカル・グロテスクな音楽性には適しているのかもしれません。

Erre au Fil des Ères

1曲目に続いてまた10分規模の曲が来ますが、こちらは”Hybridité”の脈絡のなさ、不恰好さに加えメロディアスな面が強調されていてまたまた名曲と言うしかありません。

このバンドの音楽性自体がシアトリカルといわれるタイプなのですが、この曲は本物の劇場の空気を作り出すことに成功している感じがしました。

私は古い音やその再現より新しい音の方が嗜好に合うのですが(プログレに関しても70年代モノより新鋭を好んで聴く理由としてこの点が部分的にあります)、この曲を聴くとどの時代の音かなんてどうでも良くなります。問答無用で魅了されてしまうのです。

“Hybridité”はもっと激しかったためそこまで気になりませんでしたが、こちらでは曲調のせいでベースの音が余計に目立っていて、やはりこのあたりからこのバンドの特徴である気味の悪さが出ています。

概してこのバンドは曲のタイプに関わらずほとんど同じ演奏スタイルを貫いているように思いました。

Don Giovanni

大作主義の本アルバムで最長のトラックがこちら。演奏時間15分のタイトル曲です。

Don Giovanniというのはオーストリアのクラシック作曲家モーツァルトによるオペラ・ブッファ作品のタイトルで、ご存知の方、聞き覚えのある方もいらっしゃると思います。

オペラ・ブッファというジャンルはオペラの一種で、元々のオペラの一部から拡大したものです。本来のオペラに比べてより大衆化されていて、本来のオペラは「オペラ・セリア」、つまりシリアスなものとして、一方こちらは「オペラ・ブッファ」、つまりコメディとして呼び分けがなされていました。

基本的にVersaillesの大曲群は脈絡のないものばかりで何でもありなので、”Hybridité”, “Erre au Fil des Ères”とたいして印象は異なりません。一つ言うならここまでで最もダークで大げさに聞こえます。

振り幅も大きく、インストパートがヒートアップしすぎて訳が分からなくなったり、かと思えば本気度高めのピアノの独奏が入ったりと、もはや人によってはついていけなくなりそうです。

ボーカルにも一段と気合が入り、リズム隊はやはり今にも崩れそうで、この危うさは他ではなかなか味わえないでしょう。

この曲も聴いているとドラマを観ているような錯覚に陥ります。分量は少なめながらセリフも使っているところはさすがフレンチ・シアトリカル・プログレ。15分に及ぶ楽曲のラストにはふさわしくない中途半端な終わり方すら愛おしく感じられます。

Subtiles Délicatesses

私の一押しトラックです。

あまりにもわざとらしい怪しげな歌に白けてしまいそうになったところで急に疾走し始めるのでかなり驚かされます。ベースも相当ボコボコいってます。

そしてボーカルは狂ったようにノリノリで歌い始め、リミッターの外れたハイトーンで絶叫。それなのにとても楽しそうなところが最高です。癖になりました。

Memoires d’Hécatombes

ここにも13分を超える大曲を持ってきました。このアルバムは6曲中4曲が10分規模ということになりますが、どれも展開が目まぐるしく決して最初から最後まで同じことはしないため、そろそろ曲の長さも気にならなくなってくると思います。

冒頭では前曲の空気を引き継ぐようにかなり明るめのインストが聴けます。全体的にもこの曲はインパクトが強めで、バンドの演奏の色々な顔を楽しめるはずです。

苦しむように沈んだかと思えば急にノリノリで疾走し出すなど、とにかく落ち着きがないのが特徴。しかも、気分よく飛ばしている時も普段の陰気な音のままなのでなおさら奇怪に聞こえてしまいます。

これも名曲。先ほどからをつけまくっていますが、この曲にもつけざるを得ません。

派手なギターソロも聴けますが、これも少し雑な印象でVersaillesらしいといえばらしいなという気がします。蛇足ですが、歌いながら弾いている部分もあるのでライブの時にどうしていたのかが気になりました。

Drama

これは…メロトロンの音がいかにもです。Genesisだよね?と思いました。(Genesisは70年代のプログレバンドの代表格で、乱暴に言ってしまえば「Versaillesが受け継いでいる70年代成分=Genesisの音楽性」です。一応説明しました。)

濃すぎる大曲揃いの構成に聴き手が疲れたところで、3分余りのインスト曲、というかキーボードの独奏曲でアルバムが締められています。

これまでの5曲の雰囲気から予想していたように、やはり清々しい終わり方はしてくれませんでした。かなり気持ちの悪い和声進行が続く終曲はこのアルバムでないと成り立たないでしょう。

まとめ

お世辞にも洗練されているとは言い難いこのアルバムが得体の知れない魅力を放っているという事実を今回の記事でうまく伝えられたかどうかはわかりません。人によっては癖の強さに引いてしまうでしょうし、やはりこういう音楽を紹介するのには難しさが伴います。

個人的に大好きなのに誰か特定の人に勧めるとしたらかなり勇気が要りますし、ことによっては迷惑になるのでそれは絶対にできません。不特定多数に向けたブログでなら許されるかなと思い色々な思いを込めつつ語ってみました。

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