Abraxas: “Live in Memoriam” アルバムレビュー

ポーランドのプログレッシブロックバンドAbraxasの唯一のライブ作品にして傑作である“Live in Memoriam”(2000)のレビューです。

Abraxasのアルバム”Live in Memoriam”

※Abraxasのバイオグラフィはアーティスト紹介にまとめています。

Abraxas

1987年に結成され1996年に“Abraxas”(レビューはこちら), 1998年に“Centurie”(レビューはこちら), 1999年に“99”(レビューはこちら)といったアルバムをリリースしたAbraxasは、2000年に唯一のライブ作品かつ最後の作品となる“Live in Memoriam”を発表しました。

タイトルについてですが、”in memoriam”はラテン語起源で「~を悼んで」という意味です。では誰を悼んでのライブなのかというと、Tomasz Beksiński(トマシュ・ベクシンスキ)という人物です。

Tomasz Beksiński

ポーランド美術の巨匠Zdzisław Beksiński(ズジスワフ・ベクシンスキ)の息子として生まれたTomaszは多彩な人物で、ラジオパーソナリティとして音楽評論・ジャーナリズムに携わりながら得意の英語を使って映画の翻訳も行っていました。彼が1年間英語を専攻していたのはカトヴィツェにあるシロンスク大学(Uniwersytet Śląski w Katowicach)で、私が留学していた大学です。

彼はポーランド国営ラジオ(Polskie Radio)でラジオ番組のDJを務め、その音楽への愛を感じさせる語りでリスナーを獲得し、自分の好きな音楽をリスナーと共有していました。彼のセレクションは私の好みにも近いです。

しかしTomaszは1999年12月24日に41歳で薬の過剰摂取による自殺を遂げてしまいます。実は彼は若い頃から希死念慮を持っており、何度も自殺企図をしていました。連絡をよこさないのを不審に思った父ZdzisławがTomaszの家に様子を見に行くと睡眠薬の過剰摂取による仮死状態になっていた、という危機一髪の事例すらありました。今度は本当に亡くなってしまったのです。

そのトマシュが好きだったグループの一つがAbraxasで、その交友の始まりはAbraxasがデビューする前、バンドの知り合いがトマシュにAbraxasのデモテープを送り、その音楽に魅了されたトマシュが自分のラジオでAbraxasの楽曲をかけたことでした。

そしてトマシュとずっと交友関係にあったAbraxasが、彼の死後に勤務先であったワルシャワにあるポーランド国営ラジオの第3チャンネル所有のスタジオで追悼コンサートを行ったのです。2000年1月29日のことでした。

トラックリスト

  1. Zapowiedź (Announcement) – 2:31 (オープニングアナウンス)
  2. Dorian Gray – 5:22 (“Abraxas”より)
  3. 14 Czerwca 1999 – 2:47 (オリジナルタイトルは”14.06.1999″。”99″より)
  4. Anathema – 7:36 (オリジナルタイトルは”Anatema, Czyli Moje Obsesje”。”99″より) ★★
  5. Tomasz Fray Torquemada – 10:32 (未発表曲) ★★
  6. Pokuszenie – 12:33 (“Centurie”より) ★★
  7. E’lamachiwae – 3:40 (未発表曲)
  8. Czakramy – 9:27 (“Centurie”より)
  9. Medalion – 6:14 (“99″より)
  10. Tarot – 6:39 (“Abraxas”より) ★★
  11. Spowiedź – 4:51 (“99″より)
  12. Moje Mantry – 6:05 (“99″より)

コンサートでは”Excalibur”や”Oczyszczenie”などの楽曲も演奏されましたが、CDを作る際に機材トラブルが起こった曲やそれ以外の理由で収録しないことになった曲を削った結果このようなトラックリストになりました。

各曲レビュー

Zapowiedź (Announcement)

これは曲ではなく、ライブへの導入となるナレーションです。Piotr Stelmachという人が喋っています。彼もポーランド国営ラジオのパーソナリティです。

日本語で書かれた数少ないこのアルバムのレビューの中には「MCの内容がわからない」と書かれているものもありました。ポーランド語なのでわからないのが普通ですが、この内容がわかるとライブの意義も理解できるので重要な部分です。そこで、ポーランド語がわかる私がこのナレーションを全て聞き取って書き起こし、日本語に訳してみました。

Witam państwo bardzo serdecznie. Dziś podczas tego koncertu w Studiu imienia Agnieszki Osieckiej w Trójce nie będę państwa prosił o spontaniczne gesty, reakcje, o to, żeby państwo być może skandowali nazwę programu trzeciego.

Chyba dlatego, że to jest koncert wyjątkowy, inny od wszystkich, które tutaj mają miejsce. Koncert poświęcony osobie, której nigdy już nie będzie poza kadrem. Widzę twoje zdjęcie, ale nie ma ciebie poza kadrem. Pamiętam bardzo dobrze, tak Tomek Beksiński pisał w jednej z recenzji swoich ukochanych płyt Petera Hammilla.

I wiem również, że dzisiaj tutaj na tej sali w naszym studiu i przed radioodbiornikami jest mnóstwo osób, które być może jeszcze wierzą w to, że którejś nocy z soboty na niedzielę usłyszą ten głos na żywo. I może jeszcze wierzą dalej, że będzie nowy film z Jamesem Bondem w roli głównej, do którego Tomek przetłumaczył tekst. Być może wierzą w to, że to wszystko, co przeżywamy od dwudziestego piątego grudnia, okaże się tylko i wyłącznie jego żartem i kopniakiem wymierzonym w ten nienajlepszy ze światów.

Pamiętam bardzo dobrze taką audycję, trójkową audycję sprzed wielu, wielu lat, w której jeden z jego mistrzów i nauczycieli radiowych powiedział piękne słowa: „Świat bez muzyki byłby monofoniczny, a tak jest wielowymiarowy.” I tak mi się wydaje, że Tomek chyba najlepiej z nas zrozumiał te słowa. „Świat bez muzyki byłby monofoniczny, a tak jest wielowymiarowy”.

A to jest muzyka, którą tak bardzo ukochał przez te wszystkie lata i którą z takim zapałem nam wszystkim przybliżał. Tomku, gdziekolwiek jesteś, być może nas w tej chwili nawet słyszysz, to specjalnie dla ciebie. Twój, Abraxas.

皆さん、ようこそ。今日第3チャンネルのアグニェシュカ・オシェツカ・スタジオで行われるコンサートでは、自然なジェスチャーや反応、またこの第3チャンネルの名前の斉唱などをお願いすることはありません。

それはこのコンサートが特別で、ここで行われる他のコンサートと異なっているからです。これはもう決してフィルムの外に出ることのない人物に捧げられたコンサートです。―君の写真が見えるけど、フィルムの外に君はいない。―トマシュ・ベクシンスキが大好きなピーター・ハミルのアルバムのレビューの一つでこのように書いていたのをよく覚えています。

そして今日私たちのスタジオのこのホールには、そしてラジオ受信機の前には、いつかの土曜と日曜をまたぐ夜に生でその声を聞くんだと、もしかしたら信じている人がたくさんいるということもわかっています。トマシュが翻訳したジェームズ・ボンド主演の新作映画が出るとまだ信じている人もいるでしょう。そして私たちが12月25日から体験している全てのことが、彼によるただの冗談であり、この最高とはいえない世界に食らわせる一発であったことが明らかにされると信じている人もいるでしょう。

彼の師匠でもありラジオ界の先生でもある人たちの中の一人が美しい言葉を言っていた何年も前の放送、第3チャンネルの放送をよく覚えています。「音楽のない世界はモノラルのようなものだろう。音楽のある世界は多次元的なのだ。」そしてトマシュが私たちの中で最もよくその言葉を理解していたのだと私には思えます。「音楽のない世界はモノラルのようなものだろう。音楽のある世界は多次元的なのだ。」

これはトマシュがこの年月を通して愛し、熱意を持って私たちに届けてくれた音楽です。トマシュ、君がどこにいるとしても、この瞬間に僕たちの声を聞いているとしても、これを特別に君に捧げる。君の…アブラクサス。

 – Piotr Stelmach

Dorian Gray

1stアルバムから、オスカー・ワイルドの小説「ドリアン・グレイの肖像」をテーマにした楽曲でこのライブは幕を開けます。

スタジオ音源に比べてメタル的な重さと全ての音の迫力が増しているので、私はこのライブ音源の方が優れていると思っています。

特に速いパートに疾走感が出ておりギタリストのSzymon Brzeziński(シモン・ブジェジンスキ)がギターのハーモニクスを効果的に使っていて、そういった点では明らかにこちらの音源の方が良いです。

私はAbraxasの中でこの”Live in Memoriam”を最初に聴きましたが、このDorian Grayのイントロを聴いた瞬間にこのバンドは只者ではないなと思いました。

14 Czerwca 1999

3rdアルバムの1曲目です。音の重い3rdアルバムからの楽曲はこのライブで特に映えていて、そういう効果を生み出しているのは何といってもドラムの破壊力です。

特にこれはメタル的なインストゥルメンタルパートが魅力的な曲なので、スピード感も重量感も両方増していて非常に良い演奏になっています。

後半が原曲と少し違っているのも面白いなと思いました。

Anatema

3rdアルバムから、私のお気に入りの曲。

もともと激しさと繊細さを兼ね備えた曲で、スタジオ音源では繊細さが目立っていましたがこのライブ音源はもう少しゴツゴツした力強いものになっています。

メランコリックな後半のパートも素晴らしいですが、このライブではヘヴィな前半の演奏が特に良いです。

後半の歌が主役になる部分では女性コーラスが使われています。これを歌っているのが後にAbraxasの楽器メンバーとポーランドのゴシックメタルバンドClosterkellerの女性ボーカリストAnja Orthodoxによる2002年結成のプロジェクトSvannで二人目のボーカルを務めることになるKinga Bogdańska(キンガ・ボグダンスカ)です。

Tomasz Fray Torquemada

この作品にのみ収録されている未発表曲。Abraxasのデビュー以前から存在していた曲のようです。これをトマシュ・ベクシンスキが気に入っていたため彼のために歌詞を書き換えてこのライブで演奏したそうです。

この曲のイントロは1stアルバムに収録されていた楽曲”Alhambra”と同一で、それは両方が故人追悼の曲であるという理由からだと思われます。(AlhambraはAbraxasの元メンバーでデビュー前の1993年に交通事故で亡くなったギタリストRadek Kamińskiに捧げられています。)

10分を超える楽曲で、音楽的にも非常に奇抜です。曲調は激しめですが、静かでおしゃれなパートも出てきます。激しいパートでは特にAbraxas初期のような迸るエネルギーを見せてくれます。

Tomasz Fray Torquemadaという曲名は15世紀のスペイン異端審問の時代に初代異端審問所長官だった人物であるTomas de Torquemadaからきていると思われます。歌詞にもinkwizytor(異端審問官)という語が登場します。Tomasz BeksińskiとTomas de Torquemadaの名前が実質同じ(聖トマスに由来する名前)なのが関係しているのかもしれません。

ではFrayは何なのかという疑問が出てきます。調べたところFray Juan de Torquemadaという16-17世紀のフランシスコ教会で貴重な記録を書物として残した人物がいることがわかりましたが、この曲の内容と関係しているかどうかまではつかめませんでした。

Pokuszenie

2ndアルバムから。Abraxasの最高傑作と断言して良い楽曲です。このライブアルバムでも目玉となっています。

このバージョンではスタジオ音源にないアレンジが施されています。それは、一番盛り上がるパートの後にŁukasz Święch(ウカシュ・シフィェンフ)のアコースティックギターによって演奏されるGenesisの”Hairless Heart”のテーマの引用です。

演奏の完成度は高く、オリジナルと甲乙つけがたい素晴らしい出来になっています。オリジナルはより繊細・耽美的で、ライブ音源はより絶望的・扇情的です。

前半ではKinga Bogdańskaによるコーラスも追加されています。

なお、この曲はトマシュ・ベクシンスキの追悼企画として2015年に作られたコンピレーションアルバムに収録された14曲のうちの1曲に選ばれています。

E’lamachiwae

未発表曲で、これはノイズや不協和音を多用した前衛的な即興演奏です。Abraxasはこういう音楽もできるんですね。

タイトルに意味があるのかどうかはわかりません。

Czakramy

2ndアルバムから。美しいバラード調から凶暴な表情に変化する長めの楽曲です。

暗闇を感じさせる演奏でメランコリーも十分にあるので聴いていて感動させられます。

繊細さではスタジオ音源より劣っていますが、よりエモーショナルな演奏になっています。ボーカルは感情を吐き出すようです。後半は非常に迫力があり、このライブ音源を聴くとスタジオ音源が物足りなくなってしまうほどです。どちらの音源が良いかと言われると難しいです。

Medalion

3rdアルバムより。Abraxasの他の楽曲に比べて「闇」を思わせる要素が少ない曲です。

エネルギッシュで爽快な演奏が聴けます。特にアウトロのスピード感が良いです。

楽曲自体も好きなのですが、スタジオ音源とほぼ同じような演奏だなと思いました。

Tarot

1stアルバムの実質的なオープニングを飾る名曲です。

オリジナルにある序奏はほぼカットされており、本編から始まります。

パワフルな演奏で、原曲とアレンジも所々違って非常に楽しめます。私はこのバージョンを先に聴いたのですが、このアルバムの中で第一印象が一番良かったのを覚えています。特に曲の後半が気に入りました。

クセの強いAbraxasの音楽の中でも特に奇抜な曲で、聴く価値は十分にあります。

Spowiedź

3rdアルバムより。

ClosterkellerのボーカルAnja Orthodox(アニャ・オルトドクス)がコーラスを担当しています。スタジオ音源よりも出番が多くなっています。

私はClostekellerも聴くのですが、この曲はClostekellerのゴシックな雰囲気とも共通点があるなと思いました。

やはりスタジオ音源より力強い演奏になっていて、この曲の持つ負のパワーをよりはっきりと感じました。

Moje Mantry

3rdアルバムのエンディング曲で、Abraxasの最後の曲といえる楽曲です。

原曲は3分程度ですがこのライブでは約5分にわたって演奏されています。その後には観客の手拍子が入っています。

ピアノとギターでしっとりと始まる演出が素敵です。ギターは原曲以上に泣いており非常に感動的なエンディングでした。

この曲にはAdamの歌がなく、彼は最後に語りを入れるだけです。原曲ではDorota Dzięciołというシンガーがソプラノコーラスを担当していましたが、このライブではKinga Bogdańskaがコーラスを入れています。

まとめ

ここまでAbraxas唯一のライブアルバムを紹介してきました。完成度の高い楽曲をしっかり再現している上に、音質も良いので全く聴きにくさを感じない傑作アルバムです。

Adam Łassaは歌唱力に恵まれたボーカリストではありませんが、彼もよく頑張ったと思います。

もしAbraxasを聴いたことがない人に私がどれかのアルバムを薦めるとしたら、このLive in Memoriamを選ぶことでしょう。このセットリストはAbraxasのベスト盤として聴けますし、ライブならではの熱気も感じられます。

これでAbraxasの全ての作品をレビューしたことになります。この後は未発表曲の紹介もしたいなと思います。

 

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