Eivør: “Slør” アルバムレビュー

フェロー諸島出身の天才シンガーソングライターEivørのアルバム“Slør”(2015)のレビューです。

フェロー諸島出身の天才ミュージシャンEivør

Eivørは本名をEivør Pálsdóttir(カタカナではアイヴォール・ポルスドッティルと書かれます)といいます。デンマーク領フェロー諸島出身のシンガーソングライターです。

幅広い音楽の教養を吸収して自分なりに作り上げた彼女の多彩なサウンドはユニークです。出身地が珍しいことも取り上げられますが、その音楽性だけでも十分注目に値します。

2009年には日本で単独公演を行ったようですが、調べても参加者によるライブレポートが見つからなかったのが残念です。私は2018年4月に留学先のポーランド・カトヴィツェでEivørのライブを観ました。ラッキーです。

その時のライブレポート記事がこのブログにあります。ぜひお読みください。ライブ中に撮影した動画も載せています。↓

Eivør ライブレポート 2018.04.28 (動画あり)

来日したことがあるとはいえ、日本での知名度はあまり高くないようです。日本語で書かれたレビューの数も多くはありません。そこで私がレビューを書いてみることにしました。

今回紹介するアルバムは2015年に発売された“Slør”フェロー語で歌われています。英語盤も2017年にリリースされていますが、私はアーティストが母語で歌っている方が好きです。ということでフェロー語盤を聴いてのレビューです。

(これ以降Eivørはカタカナで「アイヴォール」と表記します。)

アルバム”Slør”

“Slør”は2015年に発売されました。この記事を書いている時点でスタジオアルバムとしては最新(8枚目)です。私はライブ会場でこのアルバムを買いました。実はフェロー語盤と英語盤でジャケットの色が違います。私は英語版の色の方が好きですが、フェロー語で聴きたかったのでフェロー語盤を選びました。

私はこのアルバムの音楽性を「エレクトリック・フォーク」と表現します。アイヴォールは作品ごとに違う音楽性を見せますが、このアルバムはフォーク(民族音楽)色が非常に濃いです。しかし同時に電子音を大胆に使っていて、個性的なサウンドが生まれています。

同2015年には”Bridges”というアルバムも発売されています。こちらは全曲英語歌詞で音楽性も全く違い、さらに一つ前の作品である2012年の”Room”のポップな音楽性の延長と捉えることができます。

トラックリスト

1. Silvitni – 4:39
2. Brotin – 3:27
3. Salt – 4:36
4. Mjørkaflókar – 3:57 ★★
5. Petti Fyri Petti – 3:00
6. Røttu Skógvarnir – 2:49
7. Í Tokuni – 3:31
8. Verð Mín – 4:56
9. Slør – 4:08
10. Trøllabundin – 4:31

各曲レビュー

Silvitni

音使いはエレクトロニカ的ですが、雰囲気は非電子的です。1曲目からアイヴォールの類稀な歌の才能の片鱗が見られます。この曲を支配するのはフォーク的ながら親しみやすいメロディです。

音はを連想させ、個性的ながらも包み込むようなアイヴォールの声はまるで人魚のようです。シンプルながら味わい深いサウンドの佳曲です。

Brotin

ミドルテンポの楽曲。少し淡々としていますがやはり聴いていて面白いです。高音域が得意なアイヴォールですがヴァースでは低音域で歌っています。

バックの電子音によるフレーズがこの曲を印象付けます。サビのメロディも覚えやすくて良いですね。ところでなぜこのような不思議なMVになったのでしょうか。

Salt

タイトルのSaltですが、英語でもSaltだそうです。英語もフェロー語も一応同じゲルマン語派ですからね。主張の激しい電子音によるベースは先ほど書いた「エレクトロ・フォーク」の「エレクトロ」の部分を、民族音楽っぽい歌唱は「フォーク」の部分を象徴しています。

音数が極端に少ないためか不安定な響きになっているのが特徴です。ヴァースでは力強く、サビでは神秘的に歌い、声色を上手に使い分けています。この曲を生で聴いた時には鳥肌が立ち、これだけのボーカリストにはなかなか出会えないなと感じました。

Mjørkaflókar

私がアイヴォールで最初に好きになった曲です。というのも、ほぼ作品を知らずに行ったライブで最初に演奏されたのがこの曲で、早くも圧倒されてしまったのです。

美しいメロディが目立つため、このアルバムでは聴きやすい部類に入ります。アイヴォールの澄んでいて伸びやかな声が聞けるのも魅力です。

キラキラした音が良いですが、個人的にはライブで聴いたアレンジが忘れられません。サビで繰り返されるピアノのような電子音によるフレーズがエレキギターで弾かれていたのを覚えています。

Petti Fyri Petti

アイヴォールのYouTubeチャンネルには英語バージョンのスタジオ演奏動画しかありませんでした。

美しいアコースティックギターの爪弾きが聴ける弾き語り曲です。と思っていたのですが、動画を見てみるとサイズの小さい6弦の弦楽器が使われています。これはアコースティックギターなのかどうなのか、楽器の種類に詳しくない私にはわかりません。聴いていると平和的な雰囲気に包まれます。

Røttu Skógvarnir

サビメロディが特徴的な短い曲です。コンパクトながら印象的なフレーズで固められているのが優れた点だと思いますが、個人的にアルバムの他の収録曲と比べると少し劣るかなと感じます。

Í Tokuni

ミステリアスで妖しい楽曲です。何よりも驚くべきはアイヴォールの個性的な歌唱法です。ボイスパーカッションとは違いますが、声でありながら歌でない不思議な演奏です。

歌自体にも特筆すべき点があります。それは他の楽曲で聞けるアイヴォールの歌声とは全く違う民族音楽歌手のようなボーカル。声色の使い分けがここまで上手いということも、アイヴォールのボーカリストとしての能力を証明しています。

Verð Mín

ミドルテンポで、独特ではありますが聴いていて落ち着ける癒し系の楽曲です。高音のボーカルリフレインが印象的ですが、いとも簡単に歌いこなしています。さすがアイヴォール。

他の攻めた楽曲たちと比べると大人しい印象を与えますが、私は好きです。

Slør

英語バージョンのスタジオ演奏動画しか見つかりませんでした。原曲はこれよりキーが2半音分高く、雰囲気も違います。

これがタイトルトラックです。個人的に「海」のイメージがこのアルバム全体を貫いていると思うのですが、この曲からはそのイメージと特別強く感じます。神秘的で難解に聞こえますが、同時に普段の生活で疲れた心を癒してくれるような不思議な音楽です。

また、電子音のファンではない私もこの曲の電子音の使い方は大成功だと感じました。

Trøllabundin

初出は2004年のアルバム”Eivør”なので、セルフカバーです。アイヴォールの声と太鼓だけで演奏されるユニークな楽曲です。

Í Tokuniに出てきたような歌唱法には凄みがあります。太鼓以外の伴奏が一切ないので不気味にも聞こえますが、それがこの楽曲を唯一無二のものにしています。自分の声と打楽器だけでここまでの作品を作るアイヴォールは天才ではないでしょうか。

まとめ

私はライブに行くまでアイヴォールのことをほとんど知りませんでした。名前を知っていて、数曲聞き流したことがあるという程度だったと思います。しかしきっかけに恵まれたおかげで彼女の音楽の素晴らしさを知ることができました。

普段の私は、ライブに行くなら楽曲を知らないと感動が半減してしまうと思っているタイプです。それは元々知っていて家で聴き込んだ曲を生で聴いてそのパワーの違いに感動することに、そしてその体験を通して曲を再評価することに価値を置いているからです。

しかし、それだけが全てではありません。機会があればよく知らないアーティストのライブにも行ってみる、ということにも肯定的です。それはライブがアーティストの良さに気付くきっかけになったり、行かずに後から好きになって後悔したりすることがあるからです。

私にとってアイヴォールがまさにその例です。ライブをきっかけに彼女の作品を聴き込んだことで得た喜びがたくさんあります。実はライブ後にサインをもらったのですが、アイヴォールのファンになった今では「あのアイヴォールのサインを持っているなんてなんという幸せ者だろう」と彼女の音楽を聴くたびに思います。

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