Closterkeller: “Viridian” アルバムレビュー

ポーランドのゴシックロック/メタルバンドClosterkellerのアルバム“Viridian”(2017)のレビューです。

Closterkeller

Closterkeller(クロステルケッレル)はポーランド・ワルシャワで1988年に結成されたバンドです。

女性ボーカルのゴシック系を普段あまり聴かない私がこのバンドを知ったきっかけは、このバンドのボーカルのAnja Orthodox(アニャ・オルトドクス)が私の大好きなポーランドのロックバンドAbraxasのメンバーとSvannというプロジェクトバンドでコラボしていたことです。

Anja OrthodoxにはClosterkellerのボーカルとしてのイメージが一番にありますが、それ以外にもコンピレーションアルバムへの参加などのおかげでなかなか顔が広いミュージシャンのようです。Closterkellerを知らなくてもAnja Orthodoxは知っている、というポーランド人も多いようです。

1964年生まれなのでもう50歳を過ぎていますが元気に歌っていますし、このアルバムを聴く限り歌唱は年齢を感じさせません。インタビューでは歳を重ねるごとに声が良くなっており歌も上手くなっていると本人が語っていました。

私がAnjaの歌を初めて聴いたのはSvannのアルバム”Granica czerni i bieli”(2003)でのことですが、声自体があまり好みでないにも関わらず一枚くらいはClosterkellerのアルバムも聴いてみたいなと思いました。

というわけでとりあえず2009年の8thアルバム”Aurum”を買い、その時ちょうど新作が出たばかりだと知ったのでこの”Viridian”にも手を出した次第です。(これは2017年10月のことで、アルバムが発売されたのは2017年9月22日でした。)

メンバーは全部で5人。

ボーカル: Anja Orthodox
ギター: Michał Jarominek(ミハウ・ヤロミネク)
ベース: Olo Gruszka(オロ・グルシュカ)
キーボード: Michał Rollinger(ミハウ・ロッリンゲル)
ドラム: Adam Najman(アダム・ナイマン) ※Anja Orthodoxの息子です。

結成30年目、10枚目のアルバムViridian

タイトルの”Viridian”は色の名前です。Closterkellerの今までのアルバムタイトルは全て色の名前だからです。(小学校の頃絵の具セットにビリジアンという色があった記憶があります。青緑色です。)ジャケットの水の部分がviridian色です。

これまでに発売されたアルバムは次の通り。

1990 Purple
1992 Blue
1993 Violet
1995 Scarlet
1996 Cyan
1999 Graphite
2003 Nero
2009 Aurum
2011 Bordeaux
2017 Viridian

今作はポーランドのチャートでは7位を獲得したようです。私は2週間ほど経ってから新作が出たばかりであることを知りポーランドの大手書店チェーンempikにこの作品を買いに行きましたが、新作棚に何枚もドーンと出ていたので人気があるのかもしれません。

音楽性が陰気で日本だったらマニア向けと言われそうなバンドなので、それがここまで推されているのはポーランドらしいなと思いました。

トラックリスト

1. Viridiana – 8:45
2. To Albo To – 6:19
3. Król Jest Nagi – 3:46
4. Marcja – 4:22
5. Pokój Tylko Mój – 5:59 ★★
6. Inkluzja – 6:09
7. Matka Ojczyzna – 4:40
8. Nocne Polowanie – 5:38
9. Kolorowa Magdalena – 3:59
10. Studnia Tajemnic – 6:21
11. Strefa Ciszy – 7:21 ★★

(1, 2, 3, 5, 6, 10, 11はライブで聴くことができました。)

各曲レビュー

Viridiana (ヴィリディアナ)

いきなり9分に迫る大曲が配置されているのには驚きです。しかし、このバンドの傾向として一曲一曲が長めで6分、7分の曲はもはやスタンダードなのでそれの延長と考えることができます。音は重いのですが激しくはなく、私がClosterkellerの音楽性を気に入った理由はそこにあります。

壮大に始まり聴き手の期待を高め、Anjaの妖怪系スキャットがスローでヘヴィな演奏に乗ります。2分くらい経ってやっと歌詞が登場するのですがAnjaの歌は演歌風で、音が重いだけに不思議な感覚です。サビは美しい旋律というわけではないものの少し耳に引っかかるような響きで魅力的でした。

曲調が一曲を通してずっと変わらないままですが、展開はあるのでそこまで長くは感じません。遅いテンポと厚い層のようにのしかかるディストーションギターには風格があり、これが曲のイメージを形作っているともいえるでしょう。

Closterkellerはクサい曲も作るのですがアルバムのオープニングとして雰囲気作りに徹している点はベテランらしいなと思いました。

ライブではオープニングにあたるAnjaの神々しい高音スキャットに鳥肌が立ちました。音圧も演奏全体から伝わってきて圧倒されました。

Viridianaは恐らくジャケットのViridian色の水の中にいる人魚の名前です。

To Albo To (ト・アルボ・ト)

「これかこれ」。暗いトンネルの中で響くようなギターの音が聴きどころですが、前曲のように遅いテンポで重く刻むギターも多めです。

この曲のAnjaのボーカルは低音に偏ったホラー系で、声質も相俟って背筋が凍りそうです。最後はトーンが上がって荒れていき、あたかも怒り狂って叫んでいるかのような歌唱が聴けます。

この人に怨念系の歌を歌わせたらリアリティが抜群ですね。音楽的にあまり好みのタイプではありませんがこの後半の盛り上げは気に入りました。

Król Jest Nagi (クルル・イェスト・ナギ)

「王様は裸」。個人的にかなり楽しめた曲です。それはなぜかというと、アップテンポでヘヴィな演奏の上でAnjaの狂人のようなボーカルが聴けるからです。

あまりに頻繁に声を裏返し音程まで無視していく歌唱法はAbraxasのAdam Łassaを想起させますが、明らかにその遥か上の領域に到達しています。

怒っているようにもふざけているようにも聞こえるのが面白いところです。もっともAnjaの歌声はいつでも怒っているように聞こえるのですが。50歳を超えているのに驚くほど元気だなと思いました。

そんな歌い方は適当に歌えば真似できるじゃないか、というのも間違いではありませんが、実際にはそんな曲はそう多くありません。

アイデアの問題というよりも、実績もあり新作に期待をされるようなバンドがそれを実行に移してしまえるかどうか、そして様になっているかというところにポイントがあると思います。この曲の場合は完璧にハマっています。

それ以外の部分はファンタジー系シンフォニックメタルのようで、歌詞でタイトルが歌われる部分のみコーラスが入れられているのですがこれは妙に層が厚く、むしろ少しコミカルにも感じられます。

Marcja (マルツィヤ)

こういう路線のバンドの王道という感じがする曲です。イントロから音量は大きいのですが、その中に浮き出ている単純なピアノの旋律がなんとも憂鬱で印象的でした。そのイントロで一度リズムに空白を作る工夫がされていたり効果音的なものが使われていたりと、よく作り込まれている感じを受けました。

受ける印象としてClosterkellerにしては非常にキャッチーでアクセスしやすいなという気がするのですが、あからさまなフレーズがあるわけではなくむしろ平坦なメロディが多いので、鳴っている音全部をうまく使ってこういった雰囲気を作り出しているのでしょう。

こういったところにバンドの円熟味を感じました。できればこの曲もライブで聴きたかったのですが演奏してくれなかったので残念です。タイトルの意味はわかりませんでしたが、人の名前だと思います。

Pokój Tylko Mój (ポクイ・ティルコ・ムイ)

「自分だけの部屋」。私が特別気に入っている楽曲です。いくらか音にホラー要素の入った曲で、何もない部屋に閉じこもって何もせずにただ生きている主人公がテーマです。

終始声が震えているあまりに情緒不安定なボーカルが不安を誘います。3曲目の”Król Jest Nagi”もユニーク、でしたがこのボーカルも他にはあまりないようなスタイルで驚きました。Anjaの声質のせいか幽霊が歌っているようにも聞こえます。

前半はヘヴィで不穏な演奏にその幽霊系ボーカルが乗る部分で、Anjaのずば抜けた表現力が感じられます。ライブでもこのニュアンスが再現されていて感動しました。

ちょうど前半と後半の間くらいに曲の表情が変わるポイントがあり、後半部分は特に好きです。突然雰囲気が泣ける系に変わり、重くも切ないコーラスが聴けます。

続くギターソロには単純ながら涙を誘うような味があり、そのソロを過ぎて曲が終わりに向かうにつれてますます感動的な演出になっていくのが素晴らしいと感じました。

ここでのAnjaのボーカルの畳みかけは本当に凄まじく、他のメンバーを頻繁に変えながらも彼女がずっとバンドの中心として歌っている理由がわかるような気がします。

メタルファンの言葉を借りればクサいとも表現できますが、安易な感じは全くないのでこの展開は成功だと思います。この曲が生で聴けて本当に幸せでした。

Inkluzja (インクルズィヤ)

「包含物」。この曲は本アルバム中で一番重く不気味です。冒頭からドゥームレベルのスローテンポで重々しいギターリフが奏でられ、こういうものに耐性がないとギョッとしてしまうでしょう。

Closterkellerをあまり聴いたことのない私であればとりあえずSvannでの”Granica czerni i bieli”が想起させられるようなテンションの低いモノローグが少しだけ聴けます。これも人によっては怖いと感じるかもしれません。

強く歪んでいて低音の演奏に徹しているギターやギターリフの裏で鳴る荘厳な鐘の音、重量感のあるドラム、Anjaのドスの効いた歌声など、この曲はどの部分を取り上げてもダークで、少しばかり強調して表現するなら呪詛の音楽のようにも聞こえます。

Anjaのボーカルにはギターリフをなぞるフレーズも度々登場するのですが、後半になってそれに教会音楽のようなコーラスが加わると恐怖は倍増。もちろん気が引けるほど怖いのですが、Closterkellerが本気で重苦しい音楽を作ったらここまで雰囲気が出るのかと感動しました。

Matka Ojczyzna (マトカ・オイチズナ)

「母なる祖国」。重めの曲を2曲聴いたところで少し速度のある曲が続きます。ギターの高速な刻みもふんだんに使われていますが全体的にはクールな傾向の音作りで、ヴァース部分や前曲に続いて再びモノローグが聴ける中間部ではそれが顕著です。コード進行もストレートで、余計なことを考えずに素直にかっこいいと言えるような曲だと思いました。

6分超えの曲が半分以上を占めるこのアルバムの中では比較的短い時間に収められているのもプラスで、そもそもこのアルバムに明るい曲などないのですがそれでも暗さが抑えられていてリフレッシュポイントとしての役割も果たしています。前曲”Inkluzja”のあとにまた重い曲が続いたら耐えられないという感覚はバンド側も同じなのかもしれません。

Nocne Polowanie (ノツネ・ポロヴァニェ)

「夜の狩猟」。少々エキゾチックというか民謡的というか、普段のClosterkellerが作る冷たい旋律とは違い不思議と耳に寄り添ってくるような響きを持った曲です。

先ほども述べたようにAnjaのボーカルはいつでも怒っているように聞こえるのですが、この曲では少しだけ楽しんでいるような感じを受けなくもありません。

サウンドにも丸みを帯びた音が取り入れられていてそこまで重い印象はなく、前曲に続いて少しばかり軽い気持ちで聴けるなと思いました。Closterkellerの音楽は基本的にシリアスで重苦しいので、そのイメージから外れた曲があるとやはり新鮮に聞こえます。

Kolorowa Magdalena (コロロヴァ・マグダレナ)

「カラフルなマグダレナ」。この曲も4分程度でタッチが軽めなので、ここまでで重苦しさを抑えた曲が3曲続いたことになります。本アルバムは収録時間が1時間以上あるので、リスナーを疲れさせないための配慮なのかもしれません。

冒頭ではAnjaの踊るようなスキャットが聞こえてきて驚かされますが、基本的にはシリアス路線に近い曲です。

楽曲タイプは7曲目の”Matka Ojczyzna”に似ていますが、キーボードの音と、普段と違い高めの音域に集中したギターの音使いが印象的です。

Closterkellerは時々こういう曲をやってもきっちりとかっこよく仕上げてくれるのでやはり実力者なのだろうと思いました。私事ですが私の前の彼女がマグダレナという名前だったのでタイトルも曲の内容もどうしてもひっかかってしまいます。

Studnia Tajemnic (ストゥドニャ・タイェムニツ)

「神秘の泉」。アルバムの締めを担う2曲は再び6分以上の楽曲で占められています。

暗いと同時に少しばかりマイルドなサウンドが薄闇を連想させます。私はこういう音が好きです。軽く恐怖を誘うような効果音的演出もあり手が込んでいるなと思いました。この楽曲を目立たせているのはサビで聴ける高音ボーカル。天から響いてくるかのようですがやはり不穏です。

この曲でのAnjaの歌唱スタイルは楽曲の雰囲気以上にホラー系であり、高音域には美しいというよりも不安を掻き立てるような響きがあります。

それに対して常に鳴っているエレキギターのリフは落ち着いており、ドラムも動きが少ないため歌と楽器隊のテンションは対照的であるといえます。しかし曲自体はアンバランスにならず聴きやすさを保っているので意外とそこに気付きにくいかもしれません。

Strefa Ciszy (ストレファ・チシ)

「静寂地帯」。長いというより重いこのアルバムを締めるのは1曲目の次に長い楽曲です。前曲の流れを壊さない落ち着いたテンポで始まりますが、少し変則的なリズムとギターのフレーズには不穏さがあり、独特の世界を創り出しています。

序盤は落ち着きながらも憂いを纏っており、ボーカルとギターの美しいメロディラインの絡み合いを堪能することができます。もうこの時点で現実から離れこの楽曲の世界に引き込まれてしまいます。

先ほども書いたようにAnjaはインタビューで以前より歌が上手になったと語っていましたが、実際にこの表現力は並々ならぬものです。

曲中盤、自身のコーラスをバックにAnjaが語る痛ましいほどに憂鬱なモノローグが登場します。続くギターソロが後半開始の合図です。

ソロはやはりシンプルなのですが旋律自体が美しく、周りの音も重厚なのであり迫力には欠けることがありません。これはソロとも曲のテーマともいえる重要なメロディです。

ここからが曲のクライマックスです。ギターソロとほぼ同じメロディのサビからここまでの11曲を総括して終わりに導くような情緒不安定なAnjaのボーカルパートに入る頃には、感覚全体がこの曲に集中していき自分の体の周りで起こっていることなど全て忘れてしまいます

この後ろでオブリガートとしてギターソロが再登場しており、最後にはボーカルとユニゾンするという展開作りも圧巻でした。

ギターのオブリガートが一時的に消えるとAnjaのテンションは最高潮に達し、半分叫ぶようにサビがもう一度歌われ最後には天まで届くほどに歌声が舞い上がります。アルバム中最も熱がこもっていて毎回鳥肌が立つ場面です。

ここから再びギターがテーマを奏でますが、ここではそれを背景に流れる死にかけたようなAnjaのモノローグに注目。ここにくると早くもアルバムの余韻がどっと押し寄せ始め、その波に聴き手側が攫われているかのように静かに曲が消えていきます。最後の最後まで残るのはAnjaの声。命が尽きたように語り終えるとついに静寂が訪れます。

ライブではMCで今からこの曲を演奏すると明かされた瞬間感動に満たされ、胸元に携帯を構えて録画しながらも肉眼でステージを見つめ7分間何もかもを忘れてただただ聴き入っていました。

Anjaのボーカルとパフォーマンスの圧巻さは女神を見ているような錯覚に陥るほどで、演奏が終わったあともしばらく無意識に目を潤ませながらうっとりして佇んでいました。

まとめ

Closterkellerは以前から存在を知っていたものの2年近く遠ざけてきたバンドです。その理由はAnja Orthodoxの声が怖い・SvannはAbraxasが作曲しているので大好きだけれどClosterkellerの曲のクオリティはどうなのかわからない・ライブ動画を見る限り楽器隊が上半身裸で演奏していてなんか嫌(実際に行ったライブでは皆服を着てました)、など様々でした。

しかしポーランドに来て彼らのCDが簡単に手に入る環境になって、いざ手に取って聴いてみると評価されているのも納得の音楽だなと思いました。

ポーランド人たちとの会話でたまにこのバンドの名前を出して反応を見た限りでは本国ポーランドでも大衆的な知名度はまだまだのようですが、それはバンドのレベルというよりも一般受けしないスタイルによるところが大きいでしょう。

少なくとも私は今まで聴いていなかったことを後悔すると同時に、このアルバムを知れて本当に良かったと思いました。

なお、このアルバムでお気に入りの4曲(“Viridiana”, “Pokój tylko mój”, “Inkluzja”, “Strefa Ciszy”)の作曲が全て2014年に加入したベーシストのOlo Gruszka(Aleksander Gruszka)によるものだったので、このメンバーが次のアルバムまで残ればまた素晴らしい曲が生まれるだろうなと期待しています。

日本でClosterkellerそのものを取り上げた記事(ブログなど)すらほとんどない状況で、この新譜を日本語でレビューした記事は現時点で唯一だと思います。こういうところがこのブログの売りでもありあまり多くの人に読まれない理由でもあるのですが…

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