今回もポーランド語の子音交替を一つ取り上げて解説していきます。
この記事を読んで解決する疑問の例はこちらです。
「noga(脚)の単数前置格形はなぜo nogieではなくo nodzeなのか?」
子音交替
今回取り上げる子音交替は
g : dz
です。
この子音交替は単数主格が-gaで終わる女性名詞の単数与格・前置格に必ず現れるのでイメージがしやすいはずです。他には単数主格が-gで終わる男性人間名詞の複数主格、また同じように単数男性主格が-giで終わる形容詞の複数男性人間主格などにも頻繁に現れます。以下がこれらの例です。
noga : nodze (脚)
biolog : biolodzy (生物学者)
drogi : drodzy (高い、親愛なる)
なお子音dzに関して注意しておかなければならないことが一つあります。それは軟子音のdźはgと関係がないということです。
ポーランド語の正書法でdziと書かれていても発音はdźi、またdzia, dziu, dzio, dzie, dzią, dzięも発音はそれぞれdźa, dźu, dźo, dźe, dźą, dźęであり、dzの音は含まれていないことを覚えておかなければいけません。
子音交替のルーツ
g : dzという変化のルーツは二つありますが、現代ポーランド語でこの子音交替に関わるのはそのうち一つだけです。その名もスラヴ祖語における第二次口蓋化です。
第二次口蓋化では*gの後に位置する母音*i(2)または*ě(2)が*gを口蓋化させ*ʒ’を生みました。ʒはポーランド語のdzと同じです。
なおこの*iと*ěは(2)と添え書きされていますが、その理由はこれがいずれも二次的なiとěであることを示します。つまりスラヴ祖語に元からあった*i, *ěとは別物なのです。番号をつけることで、印欧祖語から引き継いだ二重母音が単母音化したことにより生まれた*i, *ěであることを示します。
i(1)とě(1)は第二次口蓋化よりも早い時期(そして二重母音の単母音化よりも早い時期)に起こった第一次口蓋化で働きました。これらにより口蓋化された*gは、現代ポーランド語ではżとして現れています。
第二次口蓋化の例
ここから例を一つ一つ確かめていきましょう。
noga
一つ目は
noga : nodze
でした。
スラヴ祖語の単数主格が*-aで終わる女性名詞の単数与格・前置格では語尾が*-ě(2)となっていて、語幹の最後が*gの場合第二次口蓋化の条件が揃い*gě > *ʒ’ěとなりました。*ěはポーランド語ではeと同化し、後にʒ’は非口蓋化によってʒに変わったため現在はʒe(dze)が残っています。
biolog
二つ目は
biolog : biolodzy
でした。
スラヴ祖語時代にこの単語はありませんでしたが、仮定的に例として挙げてみました。
スラヴ祖語の単数主格が*-ъで終わる男性名詞(現代ポーランド語なら語幹が硬子音で終わる男性名詞のことです)の複数主格では語尾が*-i(2)となっていて、語幹の最後が*gの場合第二次口蓋化の条件が揃い*gi > *ʒ’iとなりました。
この後ʒ’が硬音化によってʒになるのと同時にiもyに変わり、現在はʒy(dzy)が残っています。しかしこのプロセスを経たのはポーランド語の特徴ともいえる男性人間名詞だけで、非男性人間名詞の語尾は-yとなりました。
-gで終わる非男性人間名詞は現在複数主格が-giという終わり方になっています。targ(市場)の複数主格がtargiになるというのがその例です。以前はtargyでしたが、後にポーランド語特有の口蓋化によってtargiとなりました。
drogi
三つめは
drogi : drodzy
でした。
これはbiologの場合と同じように男性人間形専用の-iという語尾によって起こった変化です。
補足
もう一つのルーツは、スラヴ祖語における第三次口蓋化です。ここでは*gの直前の母音*i, *ь, *ę(または時々*r̥’)が*gを口蓋化し*ʒ’, のちにʒが生まれましたが、現在ポーランド語に現れる子音交替とは関係がありません。
それでも、pieniądz(お金)などの単語では第三次口蓋化の名残をみることができます。
pieniądzの指小形はpieniążekですが、これはdzとżが交替しているのではありません。このdzとżはどちらも*gからきているからです。それではこの二つの形を再構してみましょう。
pieniądz < *pěnęgъ
pieniążek < *pěnęgьkъ
指小形は語尾の前に*-ьkを入れることで作られました。この後、別々の口蓋化が起きたためにdzとżのバリエーションが生まれたのです。
*pěnęgъ > *pěnęʒ’ь > pieniądz
*pěnęgьkъ > *pěnęž’ьkъ > pieniążek
青が口蓋化した子音で、赤が口蓋化を起こした母音です。上下どちらの形でも*gの前に*ęがありますが、下の形では*gの前に*ę、そして後には*ьもあります。*ęも*ьも口蓋化を引き起こす子音なのですが、*ьによる口蓋化(第一次口蓋化)の方が*ęによる口蓋化(第三次口蓋化)よりも早い時期に起こったために上下それぞれの形で違う結果が出ているのです。