ポーランド語歴史文法: k:czの子音交替について

ポーランド語における子音交替・母音交替を一つずつ記事に取り上げて説明していくという細かいことをするシリーズです。需要が少ないと思いますが、珍しい情報だと思うのでやっていきます。

今回の記事を読むことで解決する疑問の例は以下の通りです。

「płakać(泣く)の1人称単数現在形がpłakęでなくpłaczęなのはなぜか?」

子音交替

子音交替とは、語に含まれる子音が一定の条件下で別の子音に変化する現象です。
今回取り上げる子音交替は

k : cz

ですが、まずは例を見てみましょう。

miska : miseczka (お椀 : 小さいお椀)
ka : męczyć (苦しみ : 苦しめる)
płakać : płaczę (泣く : 私は泣く)
bok : boczny (脇腹 : 脇の)

青色で示したように、左側の語のkが派生語・活用形ではczに変化しています。

子音交替のルーツ1

では何が理由でこの子音交替が起こるのでしょうか。
答えの一つはスラヴ祖語の第一次口蓋化にあります。

口蓋化とは、硬子音が軟子音になることです。スラヴ祖語時代に、前舌母音の前にある*kは全て口蓋化して軟子音の*č’に変わりました。

当時前舌母音には*i, *e,*ě, *ę, *ь, *r̥’, *l̥’があり、これらが直前の*kを口蓋化しました。

なお最後のrとlのようなものは成節子音としての軟子音rまたはlです。成節子音は母音の働きをする子音で、音節の核となることができます。文字の下に小さな丸を書いて成節子音であることを示します。

これらは純粋な母音ではないものの、母音と同じ機能を持っていたため*kを口蓋化することができました。

上に挙げた4つのペアのうち3つをスラヴ祖語の再構形で確認してみましょう。(もう1つのペアは次の例で紹介します。)

*misъka : *misъkьka
*mǫka : *mǫkiti
*bokъ : *bokьnъjь

子音交替に関わる*kを青色で、口蓋化を起こす前舌母音を赤色で示してみました。
子音交替が起こった右側の形は第一次口蓋化によって次のように変化します。

*misъkьka > *misъč’ьka
*mǫkiti > *mǫč’iti
*bokьnъjь > *boč’ьnъjь

子音交替のルーツ2

kがczに変わるもう一つの可能性はjによる口蓋化です。

jによる口蓋化とは、スラヴ祖語時代に*jが直前の子音を口蓋化した現象のことです。
これによって*kjは*č’に変わりました。なお*jは口蓋化の働きをした後に消滅しており、これはjによる口蓋化の性質の一つです。

例は先ほど挙げたうちの3つ目のペア。

*plakati : *plakjǫ

先ほどのように色付きで示しています。jによる口蓋化で右側の形は次のように変化しました。

*plakjǫ > *plač’ǫ

補足

現在ポーランド語でczは硬子音として発音されますが、これは上記の音韻変化の後で非口蓋化(č’ > č)が起こったためです。czが機能的軟子音(歴史的軟子音)に含まれるのにはこういった背景があるのです。

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