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Abraxas: アーティスト紹介

Abraxas(アブラクサス)はポーランドのプログレッシブロックバンドです。私が最も愛するバンドの一つで、同時に私の人生を変えたバンドでもあります。

Abraxasの音楽性

Abraxasはプログレッシブロックバンドの中でもヘヴィで神秘的な音を奏でるバンドです。その音楽ははっきり言えば奇抜で、誰でも受け入れられるようなものではありません。

長く複雑に構成された楽曲群、大袈裟なアレンジはAbraxasの音楽の普通でない「濃さ」の象徴です。ポーランド人に感銘を与えるほど詩的なタッチで宗教・オカルト・自省などの要素が入り混じった難解なポーランド語歌詞を書くのはバンドの顔である男性ボーカリストですが、彼は声質自体が特殊で、歌い方にもクセがあります。

Abraxasの歴史

デビュー以前(1987~1995)

1987年10月29日、二人の青年Adam Łassa(アダム・ワスサ)とŁukasz Święch(ウカシュ・シフィェンフ)がBydgoszcz(ブィドゴシュチュ)という街でバンドを結成し、それをAbraxasと名付けたのがバンドの歴史の始まりです。

バンド名のAbraxasはエジプト神話に登場する神の名前です。Adamが大好きな作家であるヘルマン・ヘッセの「デミアン」という小説における互いに混ざり合う善と悪の力を司る神の名でもあります。一般的にAbraxasはキリスト教において悪とみなされていました。

バンドとしてのAbraxasの音楽性にもこのアブラクサス神のような二元性が現れています。楽曲は変化に富んでいてよく練られ、歌詞は難解かつ大胆です。

Abraxasが結成された80年代後半のポーランドではパンクが流行していました。それと対極的な音楽性を持つAbraxasは苦難を強いられましたが、そんな時代の流れの中にあっても評価を勝ち得ることに成功しました。

バンドはオリジナルアルバムを出そうと努力していましたが、周りのファンの意見やバンド内の亀裂が原因でAbraxasは解散してしまいます。それから2年間は空白となりました。

Abraxasは1991年7月に再結成されます。Adam Łassa(ボーカル)とŁukasz Święch(ギター)に加え、以前仲良くしていた他のバンドからMikołaj Matyska(ミコワイ・マティスカ: ドラム)、Krzysztof Pacholski(クシシュトフ・パホルスキ: キーボード)、Rafał Ratajczak(ラファウ・ラタイチャク: ベース)、Radek Kamiński(ラデク・カミンスキ: クラシックギター)を迎えての6人編成です。メンバーは強い意志を持って作曲に集中し、後に有名になる楽曲群を生み出していきました。

Abraxasのキャリアの転機となったのは1992年3月から4月にかけて行われた地元ブィドゴシュチュでの2本のライブです。この時点でAbraxasのライブスタイルはすでに確立されており、集まった大量の聴衆に強烈な印象を与えました。

1992年7月にはWęgorzewo(ウェンゴジェヴォ)で行われた大規模なフェスティバルに出演し、8月にはポモジェ・クヤヴィ地方のラジオ局でライブを行いました。しかし同年の冬にはすでにAbraxasは活動しておらず、一方でAbraxasのメンバーの何人かが集まってAnywayというバンドを結成しました。ちなみにAnywayは全く成功していません。

1993年7月の雨の日、Radek Kamińskiが車の事故で亡くなります。この時、Abraxasの将来は閉ざされたかに思えました。しかしAdam Łassaの主導とAnywayのメンバーたちの協力によるAbraxas復活の試みがなされ、最終的にAbraxasは再結成されました。

当時のメンバーはAdam Łassa(ボーカル)、Szymon Brzeziński(シモン・ブジェジンスキ: ギター)、Marcin Mak(マルチン・マク: ドラム)、Marcin Błaszczyk(マルチン・ブワシュチク: キーボード・フルート)、Oleg Bałtaki(オレク・バウタキ: ベース)です。すぐにOleg Bałtakiに代わりRafał Ratajczakが参加します。

デビュー以後(1995~2000)

1995年は下積みに費やされ、Abraxasは1996年に音楽シーンへの帰還を果たしました。そしてこの時デビュー作にしてバンド初のアルバムが発売されます。それがバンド名を冠した1stアルバム“Abraxas”です。これは1996年10月にArs Mundiレーベルからリリースされました。ベル・アンティークから国内盤も発売されました。

♪Tarot

“Czy potrafisz zbawić mnie, by w obliczu Stwórcy gniew nie rozpalał Jego warg?

Mam w Jego oczach zgodę na sen, mam w Jego dłoniach zgodę na śmierć.

A mój proch od zarania czeka.”

創造主を前にして、彼の唇が怒りで燃えることのないよう私を救うことがお前にはできるのか?

神の目は私に眠りを許してくれる、神の掌は私に死を許してくれる

私がいずれ塵になるということは天地創造の時より定められている

– Adam Łassa, “Tarot”

Abraxasはデビュー前にいくつかのライブを行い反響を得ました。特筆すべきは首都ワルシャワで行われた第一回プログレッシブロックフェスティバルにおける成功です。

1stアルバムは好評で、ポーランドの有名な画家Zdzisław Beksiński(ズジスワフ・ベクシンスキ)の息子でありラジオパーソナリティ・翻訳家・批評家・ジャーナリストとして活動していたTomasz Beksiński(トマシュ・ベクシンスキ)もバンドに関して好意的なコメントを残しました。

アルバムの発売後AbraxasはArena, Fish, Porcupine Tree, Colin Bassといったプログレッシブロックの大御所のサポートを行い、Katowice(カトヴィツェ)ではLed ZeppelinのメンバーでロックレジェンドでもあるRobert PlantとJimmy Pageの前座を務めました。

Abraxasはオランダやフランスでもファンを獲得し、日本やブラジルなどからもファンレターが届きました。

1998年には2ndアルバム“Centurie”が発売され、ポーランドの人気ラジオ局Polskie Radio Trójkaのリスナー投票で1998年のベストアルバムにも選ばれました。Szymon BrzezińskiとMarcin BłaszczykはColin Bassのソロアルバムにも参加しました。

♪Pokuszenie

“Rzucam do Twych stóp moje życie, które jest herezją, opętaniem, i kościołem duszy mej.

Za dotyk Twoich ust sprzedam każdy dzień. I umrzeć na Twym brzuchu tylko chcę.

Teraz już wiem, nadejdzie świt, a aksamit Twego ciała umknie mi.

Pozwól mi być istnieniem swym.”

異端、強迫、そして魂の教会である僕の人生を君の足元に投げ出す

毎日を売り飛ばしてでも君の唇に触れたい、そして君の腹の上で死ぬことだけを望む

今はもうわかっている、夜明けが来て、君のベルベットのような身体が逃げてしまうことを

自分という存在でいさせてくれ

– Adam Łassa, “Pokuszenie”

1999年6月には3rdアルバム“99”が発売され、これも好意的な反応を得ました。

この時点でのメンバーはSzymon Brzeziński(ギター)、Marcin Błaszczyk(キーボード)、Mikołaj Matyska(ドラム)、Łukasz Święch(アコースティックギター)、Rafał Ratajczak(ベース)、 Adam Łassa(ボーカル)です。

♪Jezebel

“Bramy piekieł przenika gęsta mgła. Jak kartki z mego życia, jak przeszłość gwiazd.

Składam co dnia fragmenty, poza lustra szkłem. Składam co dnia wspomnienia, mlecznej drogi cień.

Mimo, że nic w pamięci nie powtarza się.”

地獄の門を深い霧がすり抜ける、僕の人生のカードのように、星々の過去のように

毎日鏡のガラスの外で破片を積み上げている、毎日思い出と天の川の影を積み上げている

記憶の中のものが繰り返されることなどないのに

– Adam Łassa, “Jezebel”

1999年12月24日にはバンドの友人でもあったTomasz Beksińskiが自殺によって亡くなり、翌2000年の1月にAbraxasが追悼ライブを行いました。このライブの録音はバンド唯一のライブアルバム“Live in Memoriam”として残っており、これには未発表曲も2曲収録されています。Abraxasは同年の終わりに解散。Adamによると、解散の原因は当時Abraxasに近づいてきた悪意のある人々のために混乱が起こったことだそうです。

2004年にIQのブィドゴシュチュでのライブでオープニングアクトを務めるため一時再結成し3度のライブを行ったことを除けば、解散以降活動を行っていません。

♪Tomasz Fray Torquemada

“Jestem, by sprawować sąd zmartwychstanie oczekuje na mój błąd

Czemu więc muszę zabić Cię nie pytaj bo taki jest los

Bądź pokorny bo to w imię Boga

Anioł Torquemada przed którym drżą”

復活は審判を遂行するため、私が過ちを犯すのを待っている

だからなぜお前を殺さなければいけないのか問うな、そういう運命なのだ

従順であれ、神の名の下なのだから

天使、皆が慄くトルケマダ異端審問官

 – Adam Łassa, “Tomasz Fray Torquemada”

ディスコグラフィ

私のAbraxasとの出会い

私がAbraxasを知ったのは大学1年生の時でした。大学の第二外国語であるフランス語の影響で聴くプログレッシブロックの範囲をイギリスからヨーロッパにまで広げた私は、まずフランス語圏のバンドに出会いました。スイスのGalaadやフランスのVersaillesは、街の中古CDショップで見つけたバンドです。

特にGalaadにハマり、2-3ヶ月もの間アルバムをヘビーローテーションしていた私は、インターネットでGalaadのレビューを探すことにしました。見つかったのは一件のみで、そこではVersaillesはもちろんポーランドのAbraxasとの共通点も指摘されていました。

ピアノを習っていてショパンが好きな私は元々ポーランドに親近感を持っていました。ポーランドのロックを聴いたことがなかった私は聴いてみるしかないと思い、 “Live in Memoriam”を購入しました。

1曲目のDorian GrayからラストのMoje Mantryまで強い衝撃が続き、私はすぐにこのアルバムの虜になってしまいました。1日に4回くらいのペースで聴き続けていたと思います。

すぐにAbraxasの他のアルバムと関連作を集め、やがて歌詞を理解したいという気持ちからポーランド語の勉強を始め、最終的に習得しました。2018年2月にはAbraxasの出身地であるプィドゴシュチュを訪ねることもできました。

これはAbraxasがライブを行ったこともあるブィドゴシュチュのフィルハーモニーホールです。

Abraxas関連作品紹介

Abraxas自身が発表した作品数はわずかです。しかしメンバーの足跡をたどれば他にも聴くものを見つけることができます。

Anyway

バンドの歴史の項で触れましたが、1992年にAbraxasのメンバーの一部によって結成されたのがAnywayです。Krzysztof Pacholski, Łukasz Święch, Mikołak Matyskaが参加しています。残した作品はアルバム1枚のみです。

Svann

ポーランドのゴシックメタルバンドClosterkellerの女性ボーカルAnja OrthodoxとAbraxasのMikołaj Matyska, Rafał Ratajczak, Marcin Błaszczyk, Szymon Brzeziński、そして無名の女性ボーカリストKinga Bogdańskaの6人による単発のプロジェクトです。1枚だけアルバムを残しました。これは傑作です。

Xenn

Łukasz Święchのソロプロジェクトです。英語とポーランド語が混ざったSF的なコンセプトのアルバムを1枚残しています。

Assal & Zenn

Adam ŁassaとŁukasz Święchの2人によるプロジェクトです。Adam Łassaの歌詞とŁukasz Święchのアコースティックギターを活かした神秘的なアルバムを1枚発表しています。

Ananke

Adam ŁassaとKrzysztof Pacholskiが2009年に結成したバンドです。後にMarcin Makも加わりました。2枚のアルバムを発表しましたが、現在は活動していないようです。

Abraxasよりもコンパクトで洗練された、ダークで神秘的な音楽です。私がAbraxasと同じくらい好んで聴いているバンドでもあります。

Assal

Adam Łassaのソロプロジェクトです。 現在は作曲家として活動しているSzymon Brzezińskiがミックスを担当していることから、二人の交友関係が続いていることがわかります。ドラム以外の演奏はAdam Łassaが自分しています。穏やかで美しい曲が中心ですが、独特の世界を持っています。私はAssalもよく聴きます。